未来の話だ。2681年夏、東京。巨大スタジアムのメインスタンドの前にジャージ姿の老人が立ち尽くしている。老人が立っているのは、セパレートレーンのスタート地点だ。スタンドには誰もいない。スタンドだけではない。スタジアムには老人以外の人影はない。彼の傍らにはタイムを競うライバルもいない。弱り切った彼の足腰は、陸上選手のようなスタート姿勢に耐えられなくなって久しい。老人は「よ~いドン!」と囁くように声を出して走り出した。一歩。二歩。その走りは、食後の散歩のようだ。歩みは遅い。それでも彼は確実にゴールへ向かっていた。25mを過ぎたところで、老人はバランスを崩した。転びそうになる彼を支えたのは、学生時代、スポーツに挫折した記憶への反抗心だったかもしれない。失速した老人は立ち止まって目をとじた。耳を澄ませた。人々の声が聞こえる気がした。歓声。喧噪。その音は、スタンドより遠くから聞こえた。彼はかつて行わ