1866年、仙台藩士斎藤永頼の長男として生まれる。 1871年(5歳)、辛未館(仙台藩の英学校)入学。横尾東作に英語を学ぶ[1]。 1874年(8歳)、宮城英語学校に入学。米国人教師C.L.グールドに英語を学ぶ。 1879年(13歳)、宮城英語学校を卒業、上京して東京大学予備門に入学 1880年(14歳)、工部大学校(現在の東京大学工学部)に入学。純粋化学、造船を専攻。 1883年(17歳)、工部大学校を退学。 1884年(18歳)、『スウヰントン氏英語学新式例題解引』(十字屋・日進堂)を全ページ英文で執筆して出版。その後、仙台に戻り、英語塾を開設[注 1]。 1885年(19歳)、来日したアメリカ人宣教師W・E・ホーイの通訳を務める。 1887年(21歳)、9月に第二高等学校助教授[注 2]。 1888年(22歳)、5月にとら子と結婚。 1889年(23歳)、11月に岐阜中学校[注 3]