まあ、ここのところ明治の廃仏毀釈を軸に寺院と神社を洗いなおしているわけで、意外や盲点だったのは修験道であります。有名なのはもちろん熊野だとか、高野山とか出羽三山などで、ここらも昔からの神仏習合という日本まぜこぜ文化のおかげで、道教なのか仏教なのか、はたまた神道なのか、もはや明治時代の廃仏毀釈が行なわれた時点において判断すら出来なくなっていたのですな。 恐ろしいことに、明治維新の時点で、全国に山伏がなんと17万人もいたという事である。この山伏達に対し、新政府は山伏禁止令を発したのである。 今で言うならトヨタが派遣社員を全員解雇するよりも大きい影響が出たはずだ。 建て前によれば、修験道はあまりにも神仏が習合しすぎ、寺院になるか神社になるかを選択できなかったからであるとされるが、本当にそうなのだろうか。 17万人の山伏が全国を徘徊し、何をしていたのだろうか。もちろん修行なのだから、山にこもり自然
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