1888年10月28日に伊予鉄道が松山(現在の松山市) - 三津間を762mm軌間で開業した際に、ドイツ・ミュンヘンのクラウス社製B形蒸気機関車(甲1形)2両で運行を開始した。牽引される客貨車も鉄道開業に伴う資材調達全般を請け負った刺賀商会の手配でドイツから輸入されたが、これらはあまりの小型さゆえに分解されず、完成状態のまま木箱に詰めて納品されてきたという逸話が残る。 その後、路線開業で順次機関車・客貨車共に増備が進み、また1900年の南予鉄道と道後鉄道の合併もあって車両数は激増した。 1907年の時点での機関車各形式とその概要は以下の通り。 甲1形1 - 4 7.8t(改軌後8.5t) B型ウェルタンク機。1888年(1・2)および1891年(3・4)、クラウス社製。 甲2形5・6 1896年、クラウス社製。 甲3形7・8 9t(改軌後9.8t) B型ウェルタンク機1895年、クラウス社
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