夏になると、哀惜の情あふれる1つの旋律を思いだす。山仲間とよく歌った「惜別の歌」である。穂高岳の涸沢や剣岳の真砂沢での夏山合宿打ち上げは、この歌でしばしの別れを惜しんだ。 歌には、終戦間際に若者たちの過酷な歴史が刻まれていた。あれは、東京の陸軍造兵廠に勤労動員された中央大学予科の学生、藤江英輔が、島崎藤村の詩集『若菜集』の一節に曲をつけたものだ。 造兵廠での藤江は、予科仲間に召集令状の赤紙を配る役割を担わされていた。赤紙が配られると、誰もがその刹那(せつな)に青ざめたものだという。それでも藤江は「おめでとう」といわざるを得ない。その心の葛藤が、友を戦場に送り出す「惜別の歌」を生んだ。 遠き別れに たえかねて この高殿に のぼるかな 悲しむなかれ わが友よ 藤村の詩にある「わが姉よ」を、藤江は「わが友よ」に変えて、「旅の衣を 整えよ」と続けた。戦後は中大の後輩たちに歌い継がれ、やがて広く歌わ