(一部は思想塾公開イベントでの藤井氏と宮台のやりとりを流用しています。だいたい「続きを読む」以下が思想塾でのやりとりです) 宮台 マイケル・ムーア監督『ボウリング・フォー・コロンバイン』というドキュメンタリーは「コロンバイン高校事件はボウリングが原因で起こった」という意味の皮肉なタイトルです。タイトルが嘲笑するのは「メディアが悪影響を与えた」という「メディア悪玉論」。「ならば銃を乱射した高校生は登校直前ボウリングをやっていたから、ピンを倒すこの野蛮なゲームが原因だ」と(笑)。 問題はその先です。こうしたトンチンカンな帰属処理(責任を何かに帰属してスッキリすること)が暴走する空洞化した社会だからこそ、想像を絶した犯罪が起こるのだという分析が彼にあります。その意味で、集団犯の付和雷同と単独犯の凶悪行為は分けて考えるべきですが、俯瞰すれば、付和雷同的暴走が生じる背景にある「〈生活世界〉の空洞化」