訳者の沼野恭子によれば、ニーナ・サドゥールは「ロシアで最も謎めいた作家」と目され、ゴーゴリの『死せる魂』を下敷きにした戯曲も書いているとのこと。「坊や」も『鼻』『外套』のようなどたばた喜劇だが、それら以上に捉えどころがない奇想と思索に充ちている。「厄介な国」ロシアを舞台とし、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンや、国を統治する「腹黒い」老人ブレジネフなど実在の人物を登場させるのも、奇想をリアリズムで裏打ちするための接着芯みたいなもの。 物語はガガーリンの母親を自称する語り手と、彼女が暮らす共同アパートの住人の狂騒的なやりとりで構成されている。彼女は色鮮やかな魚やバラの造花を眺めながら平穏に生きていたが、カフカス人の無茶な訴えを市議会が認めたことで、アル中の庭番とともに住まいを追い出されるはめに……というのが表面的なあらすじだが、彼女を含めどの人物も頭がいかれているとしか思えず、言動を信用できない