「日本共産党」という党名を変更して、もっとカジュアルな名称にしろという人がいますけれど、共産党が日本では100年の風雪を「生き延びて市民社会に根づいた」という事実を国際社会に示すことの方がはるかに歴史的意義は大きいと思います。そんな国は日本以外にはほとんど存在しないんですから。
溜まった思いを書き散らしました。 拝啓 すべてのみなさまへワクチンを打って安心するのは、まだ早いです さすがに1回目の接種の翌日からマスクを外して動き回るような人はいないと思いますが、効果が十分あらわれるとされる2回目の接種から2週間経ってもなお、安心しないでほしいという話をします。あなた自身の重症化の確率は小さくなりますが、あなたが感染しなくなるわけではありませんし、あなたを経由して周りの人に感染させる可能性は十分に残っています。特にデルタ株に対しては、ワクチン接種後に他人との接触機会を2倍にしたら、あなたが打ったせっかくのファイザー製ワクチンの効果も、あなたが疑問視している中国製のワクチンを打ったのと変わらないレベルになってしまいます。まして、接触機会を5倍にしたら、ワクチンを打っていないのと同じです。周りの人のことを思いやれるなら、羽を伸ばすのは周りの人も含めてワクチンが行き渡ってか
ワクチン一点張りから世界の様相が大きく変わって4か月です。正しく聡明なExitデザインが世界中で立たない頭脳戦に突入。再び「価値観」と正面から向き合うも、来年のいまどうなっているのか全くわからない状態ですね。ここで頑張って研究しな… https://t.co/ugS0fjhAp3
何かよく分からないものは「アート」 定義されない場所を減らしたい 隠された「排除」の意図に気づくと… 都市の駅のスペースにあるデコボコした突起のようなオブジェ、公園や路上では仕切りのあるベンチが当たり前になってきています。ホームレスが寝そべったり滞在したりしないよう〝排除〟する「排除アート」「排除ベンチ」とも言われます。建築史家の五十嵐太郎さんは、「公共空間に誰かが滞在する可能性をつぶすもの。そんな風に他者を排除していった都市は、誰にもやさしくない都市なのではないか」と指摘します。 排除アートが広まり始めたのは… オープン1年を迎える複合商業施設のミヤシタパークには、座面がメッシュ状になっていたり、腰かける部分が棒状のポールになったような座りづらいベンチがあります。 好意的に「アートがいっぱい」とメディアで紹介されることもありましたが、五十嵐さんは「アートの名のもと、排除の意図がカモフラー
初心者へのコーチングで、仲間内で「上下関係」が 初心者が練習に打ち込んでいると、いつの間にか後ろにポジショニング。タイミングを見計らいつつ、同じ趣味を持つ仲間という雰囲気で声をかけ、自己流のアドバイスを始める……。 このような行為は、見方によっては「気さくで、教え好きな親切な人」でもあるのだが、なぜ最近になって「教え魔」として問題視されるようになったのか。 プロコーチの資格を持ち、都内のボウリング場で働く赤塚一紀さん(仮名)に話を伺った。 「上級者が初心者に対してアドバイスすることは自然なことで、何も悪いことではないと思います。ただし、アドバイスしていいのは初心者から『教えて欲しい』とお願いされた場合に限るんです」 教え魔の「魔」たる所以は、自分から「教えてあげようか」と近づき、知識や経験でマウンティングしてくるからなのだ。 「ボウリング場で多いのは、見ず知らずの人にいきなり声をかけるタイ
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