「何か未知の世界すぎて、放っておくと恐怖心が生まれるみたいな。怖いかも、みたいな感じ」 小泉今日子さん、58歳。 アイドル・歌手・女優・文筆家であり、「中年期(=ミッドライフ)」を生きるひとりの女性として、50代を迎えたときの気持ちを、こう答えました。 小泉さんはこれまで、人生の折り返しの年齢を迎えたときに抱える悩みや心の不調に直面する人たちに寄り添い、ラジオや雑誌の連載などで発信してきました。自らの思いや体験を語りました。
三宅香帆氏によるベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は非常な労作であり、様々な資料にあたりながら、明治以降の社会における読書というものの位置付けの変化を追い、現代日本社会の労働が抱えている問題に言及する本だ。タイトルを見て「そんなの忙しくて疲れてるからに決まってるじゃないか」と考える人もいるだろうが、人はなぜ本が読めなくなるまでハードに働かなければいけないのかという問題について考えている本であって、そこは出発点である。 そして、ある意味で映画『花束みたいな恋をした』(2021年1月29日公開/監督:土井裕泰、脚本:坂元裕二、主演:菅田将暉・有村架純)の考察本でもある。けして、冗談ではない。菅田将暉演じる主人公・麦くんが就職したことで今まで親しんできた文学・音楽・ゲーム・映画などを楽しむことができなくなり、自己啓発本を読み、パズドラしかできなくなってしまったこと
失敗したというか、そもそも成功するかどうかわからない雑さだったので生きている。 それは本気で死ぬ気ではなかったのでは、と思われるだろうが、後にも先にもあんなに「死」に取り憑かれたことはないし、本当に病的に死ぬ気だったのだと自分ではわかる。 当時の自分は、社会人一年目で、新卒の人間も自分の他に一人しかおらず、あまり職場に馴染めず鬱々としていた。 こう書いてしまうとさもありなんと思われるだろうが、それ自体は別に死ぬほどのことではなかった。 仕事の代わりに趣味が充実していたし、楽しいこともいろいろあったし、明確なパワハラがあったわけでもない。 なんとなく職場のことは好きではないが、やってることはまあ嫌いでもなかった。 なかったのだが、色々なストレスが自覚もないまま積み上がっていたらしい。 とある連休の折り、地方住まいの両親が会いに来てくれた。 食事の席で珍しく酒を飲み、少々酔い、気分良く話してい
小学校4年の時に夏の手持ち花火の余りちょいちょいをほぐして中の火薬を取り出して小皿に集めてた。 言うて手持ち花火じゃん。 多少集めたところでと思うじゃんか。 で、ある日、家で宿題やってるときに「そういえば花火あるじゃん」と思って、取り出してきた。 マッチを擦って小皿に投げた。 なんもおきねーwwwwと思ってのぞき込もうとした瞬間小皿が爆発した。 小皿は粉々に砕け散り、ノートと教科書は小皿を中心に焼けこげて散乱した。 爆発を食らった俺は鼻の頭とおでこに裂けるくらいにやけどをし、前髪をと眉毛を半分失った。 目は眼鏡をかけていたおかげで守られた。 医者に「本当に運がよかったですね」と励まされた。 眼鏡は表面が真っ白になって飛び散った火の粉でプツプツになっていた。 親にはクソほど怒られてクソほど怒られた。 吹き飛んだ宿題はなぜか不問にされた。さすがに顔面包帯ぐるぐる巻きで登校した俺を叱る気にはなれ
私は一人が好きだ。一人が好きだから趣味の時間に没頭しようと思った。 旅行に行く時はもちろん一人。一人の方が好きな料理を食べられるし行きたい場所にも全て行ける。東京から遠く離れた�温泉宿で露天風呂付きの部屋に泊まる。夕食後に一人露天風呂に入る。都会の何倍にも深く静かな夜が全身を包む。心身共に薄らと覆ってた鎧みたいなものが溶けていく。一人だから誰にも邪魔されない。この時間がたまらなく好きだ。 旅行だけじゃない。外食も一人の方が好きな物を好きなタイミングで好き放題食べられる。「そんなに食べたら太るよ」なんてお節介を言ってくる男もいない。カロリミット飲まなきゃとか言ってる猫かぶった女と女子会という名の腹の探り合い大会をする必要もない。エビチリを死ぬほど食ってうめぇぇっつって家帰って寝られる。一人は最高なんだ。 そう思って30年生きてきた。 ふと背後を振り返ってみた。誰もいない。友達と呼べる人間が一
そこの学生君!年収1000万なら贅沢で優雅な暮らしをしていると勘違いしていないか? 今日はそんな誤ったイメージを正し、実際にどれくらいの生活レベルか教えよう。 まず自分のスペック。 36歳男、独身、都内在住、年収1200万ほど。1000万も1200万も変わらないのでこれは誤差だ。 なおマウンティングなどと言われるかもしれないが、そんなつもりは全く無く、 ただただリアルを伝えるために書いた記事である。 家賃について家賃は15万、1DK。別に広くもない普通の部屋。 アパートがある地域の治安は良いが、部屋自体は普通。 別段キレイとかお風呂が特別広いとか全く無い。普通。 窓から綺麗な夜景が見れるとかも無い。シャンデリアももちろん無い。 駐輪場も無い。普通のアパート。 普段の食事について吉野家とかコンビニ飯、ラーメンなど。ザ・普通。 スーパーで買う時はまいばすけっとかライフ。 安いスーパーの売れ残っ
精神疾患をもつ父親に友だちができ、家族一同毎日小躍りしている。うれしくてたまらない。 還暦を過ぎたいい大人の人間に友達が一人できたぐらいで何を大げさな、と思う御仁もあるかもしれないが、 今回ばかりは許してほしい。何せ父に友だちができたのだ。それもまともな友だちが! 父は30年以上前に統合失調症と診断され、以来入退院を繰り返している。精神疾患を抱えながらも、私達子供を食わすために 無理に働きに出てはクビになり、体調を崩して入院するという生活が10年近く続いた。そのたびに父は激しい劣等感と自尊感情の低下に 苛まれ、ことあるごとに私たち家族に「ごめんなあ、ごめんなあ」と言っていた。 私の記憶の中の父は、いつも縁側でタバコを吸いながら力なくうなだれていた。 父はとても優しく、人のことを悪く言わないという美点がいくつもある反面、口下手で気が弱かった。 そのため、精神病院の少々ガラ悪めの人々にしょっち
「15年」 あなたは15年と聞いて何を思い浮かべるだろうか。 例えば人が生まれて15年。 その人は今頃中学校を卒業し高校生になる頃だろう。 例えば15年戦争。 1931年の満州事変から始まった一連の戦争が1945年に終結するまでにかかった年月。 例えば私が2chのソフトドリンク板に「とあるスレッド」を立てそのスレッドが1000レスに達するまでの年月。 と言うわけではじめまして。 2ch(現在は5chですが、この記事では2chと記載します)ではいつも所謂「名無しさん」ではありますが、ここではamino774mlと名乗らせて頂きます。 よろしくお願いします。 さてこの度何故このようなブログを開設したのか。 それを語るにはまずはこの2chのスレッドを見ていただく必要があると思います。 アミノバリューってどうよ? これは2003年9月19日にソフトドリンク板に立てられたスレッドの一つです。 何を隠
今日おっさんはおっさんが嫌いって増田を読んだので どこにも書く場所が無かった話をここでしようと思う。 青年漫画誌で漫画家をそこそこの年数やっている。 描いているのは青年漫画だけどここ数年好きだと思う漫画は 女性漫画家の描く『生きづらい人の生き方漫画』みたいなものばかりという事に気付いた。 この『生きづらい人の生き方漫画』というのは大体アラサーから中年期の女性が 地味な実生活での生きづらさを感じながら身近な別の生きづらさを抱えている人との交流で なんとなく納得して生きていく事にする、という感じの流れが多いと思う。 恋愛の描写よりは生きづらさとの折り合いという所に重点が置かれているものが多く そこに共感できるので読んでいてどこかせつなく心地いい。刺さる場面も多い。 地味だけどみんなそれぞれ色々な事情があるという当たり前の事が描かれていて これがぼくには女性はこうして生き方を模索しているのだなと
俺はシスヘテロの30代男で、彼女なしの独身。過去に数カ月だけ付き合った人が二人いる。男友人はある程度いる。女友だちも数人いる。ただ、ほとんどが大学時代からの友人で、社会人になってから広がった交友関係はほとんどない。会社で友人は作らない。友だちが沢山いるとは言わないけれど、決して少なくはないだろう。 俺の友だちの定義は「サシで会える相手」だ。複数人で会って話せる相手も人によってはサシで全く話せなくなることも多い。そういう人には心の距離を持ってしまっていると感じる。 オタクの繋がりだからかはわからんが、男友だちの多くは独身だ。でも女友だちはこの年になると彼氏がいるか結婚してる。半分は子どもができた。旦那さんとも友だちか先輩かだったりするおかげで子どもがいてもサシで(というか赤ちゃん連れて)お茶するくらいはたまにしてるけど、流石に会う頻度は昔に比べると減ってくる。相手は仕事に育児とてんやわんやで
つい先日、一緒に暮らしていた文鳥が落鳥した。落鳥という言葉は一般的なのかな?平たく言うと、死んだ。5歳なので、中年からおじいちゃんに差し掛かったあたりのイメージだと思う。風邪からの炎症がひどくなっていて、冬の換羽を乗り切れなかった。 いつものように仕事から帰宅して枝の上にいるはずの文鳥に「ただいま」を言おうとしたら、いるはずの場所におらず、ケージの網の上に横たわっていた。見た瞬間「あ、これはもう生きてないな……」と分かったけど、現実をうまく受け止めることができず、ケージから亡骸を出して手の上で温めたりふわふわの羽で包まれた体を撫でたりしていた。しばらくして冷静に観察して嘴が少し黒くなってきていること、足の指に血が通っている気配がないことを確認して、全部終わったのだときちんと頭で理解することができた。「コンビニで買ってきた晩御飯、温めてもらったしな……食べないと冷めちゃうし……」と思って、亡
このnoteをすべてのインターネット探索者(Internet Explorer)達に捧げる。 2018年12月31日、新卒入社して3年半勤めた会社を辞めた。東京の八重洲にある、フリーペーパーやWebサービスを作る会社で働いていた。いわゆる「文系プログラマー」というやつで、文系学部を卒業後、会社に入ってからプログラミングを覚えた。現在は退職してフリーランスになり、個人で開発しつつ、ずっと漫画を描いている。 3年半のあいだ、大きく分けて2つの失敗をした。 1. プログラミング入門の仕方に失敗した 2. プログラミングを覚えてから何をすればいいかわからなかった 前者の失敗の結果、プログラミングを投げ出して京都に逃亡した。後者の失敗では精神を病み、3ヶ月休職をすることになった。前者は笑い話だが、後者は人生に暗い影しか落とさない。これからプログラミングを始めようと考えている人には同じような失敗を避け
妹が一人暮らししていたゴミ屋敷のような部屋を、この3日間をかけて片付けた。 とにかく吐き出して残したいという思い9割、誰かの役に立つかもしれないという雑な期待1割で書きます。 経緯2009年春に妹が地方の大学へ進学し、それからアパートで一人暮らししていた。 その後いろいろあって、3年前の4月に突如実家に帰ってきて、実家ニートに転身した。もともと内にこもりがちの性格であったが、在学中にうつ病も患っていたらしい。3年近い休学を経て、結局退学した。今もそれほど状況は好転していない。 それ以降、アパートに戻っておらず、契約だけが残る状態が続いていた。 丸3年放置されていたため、さすがにだめだろうと父へ打診し、今年の5月に父と僕で片付けと解約を行った。この件については妹は一言も口を聞かなかったので、二人で強行した。 大人二人いればなんとかなるだろうと2泊3日で予定を組み、自分が先行して部屋に入って片
トランスジェンダー排除の方針に『#私たちは消されない』広がる。当事者の思いは「何があっても、黙らない」
9月21日・金曜日の夜、「新潮」編集部から電話がかかってきた。おかしいな、と思った。今月は締め切りがないはずなんだが。イヤな予感がした。おれは、少しの間ためらった後、電話に出た。案の定だ。「新潮45」問題について書いてくれ、というのである。確かに、おれは、その問題についてツイッター上で少しだけ発言をした。それだけだ。面倒くさいし、何のためにもならない。一晩考えさせてくれ、といっておれは電話を切った。でも、おれは引き受けることになるだろう、と思った。「面倒くさくて何のためにもならないことは引き受けろ」は、高橋家の家訓なのである。 書くことを引き受けてすぐ、「新潮45」の休刊が決まった。この問題については、考えなければならないことが多すぎる。休刊の是非、雑誌や出版社、あるいは著者のあるべき姿、休刊の直接的な原因となったであろう小川榮太郎氏の論文の問題点、当該特集号の各投稿それぞれが抱えている異
「リスクをとれ」「実名で発信しろ」とか… 若者を追いつめる「強者のアドバイス」…けんすうさん、もっとやさしく擁護して! SNSで目立つのは、強者たちの意見。「顔出し実名で発信しろ、自分をメディアにしろ」「若いうちは失敗しろ。リスクをとってチャレンジしろ」「キャリアプランを設計しろ」…かっこいい。まぶしい。 が、そんなことばかり言われても無理です! 誰かほっこりした人に、「別にそんなこと必要ない」って擁護してほしい…。 と思い、取材を申し込んだのがけんすうさん。華やかな経歴を持つ実業家なのに、どんな相手にも偉ぶることなく低姿勢。彼なら、若手ビジネスマンたちが悩まされる「こうすべき!」に対して「そんなことやらなくていいです」と擁護してくれるのでは? けんすうさん、お願いします! 〈聞き手:ライター・小沢あや〉
(訳注:2008年に急逝したアメリカの作家David Foster Wallaceが2005年にKenyon大学でした卒業スピーチです。個人的には同年のStanfordでのSteve Jobsの卒業スピーチより、遥かに奥深く、かつタメになると思うのですが、あまり知られていないようですし、訳されていないので、自分でやることにしました。以下が拙訳です。) もし発汗1したい人がいるなら、どうぞお好きなようにしてくださいな。多分ぼくもします。てかする...こんにちはーおめでとーKenyon大学2005年度の卒業生のみなさん。2匹の若いサカナが泳いでおり、逆方向に泳ぐ年上のサカナに会いました。すれ違い様、年上のサカナはこう言いました。「おはよう少年たち。今日の水はどうかね。」2匹のサカナは特に気にもとめず、しばらく泳いでから、顔を見合わせて言いました。「てか水って何?」 今の話は、米国の卒業スピーチ
生き方上手な人に比べて「自分は圧倒的に劣っている」。お笑いコンビ・オードリーの若林正恭さんは、新たに執筆した著書のなかでそう述べています。もともと人見知りだという若林さんは社会生活にうまくなじめず、「他の人と自分が何か違うような気がする」という疑問を抱き続けてきたといいます。 【写真特集】みうらじゅん、オードリー若林、ウメハラ・・・個性的な生き方を楽しむ著名人 しかし、今年9月に40歳になる若林さんは、そんな自分を受け入れられるようになってきたのだとか。現在の心境をまとめた単行本『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋刊・8月30日発売)を出版する若林さんに、話を聞くことができました。若林さんはエッセーに綴った2015年からの3年間を「青年とおっさんの狭間」だったと記しています。(土井大輔) ーー単行本に収録されたエッセーを書いたこの3年間は、若林さんにとってどんな時間でしたか? 若林:非常に中途半端
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