前回報告したような経緯により、残念ながら水上ラウンジLOB13は廃船になってしまったので、これを機会に記録をまとめておくことにしよう。LOB13はどのようにして生まれたのか?記憶をたどって僕の視点から見た記録を記述しておこうと思う。 以前、1.5年ほど井出が芝浦でひっそり開店させていた水上BAR 「Life On Board」を合法的に実現させようということがきっかけの一つになり結成されたBPA。はしけを利用した水上スペースを都内の運河のどこかに係留したいと運河マップを作りながら、夢想していた2004年冬。新聞にて、横浜港湾エリアで現代アートの国際展、ディレクターの磯崎新が辞退し、急遽川俣正に決定との記事を目にした。漠然とここに出せたら実現するんじゃないの?と半ば冗談で言っていた。だが、キューレターに芹沢高志氏ら3名が決まったところで話が現実に。 たまたまBPA坂倉が慶応大学で助手をやって