要約——「文学部」は文芸だけの学部ではない。1877年創設時の東京大学文学部は、史学・哲学・政治学と和漢文学から成っていた。本稿は、英語 literature の語誌、ヨーロッパの大学組織史、日本語「文学」の概念史という三つの異なる歴史を突き合わせ、この名称の広さが例外ではなく当時の通常の語義だったことを示す。ジョンソン『英語辞典』(1755年)とトッド版(1818年)で literature の語義は「学識」のみであり、大槻文彦『言海』(1889–91年)の「文学」にも〈文芸〉の語義はない。帝国大学令は「文科大学」の名を挙げるが、その内実を条文化してはいない。「文学部=文芸の学部」という理解は、後発の狭義を先行する制度語へ遡及的に投影したものである。 はじめに——三つの歴史を区別する「文学部」という名称は、現代日本語では小説・詩・戯曲などの〈文芸〉を主として研究する学部、という連想を招き

