ブックマーク / kangaeruhito.jp (4)

  • 第7回 分裂――機械屋vs.レコード屋 | 北島三郎論 艶歌を生きた男 | 輪島裕介 | 連載 | 考える人 | 新潮社

    1963年、日クラウンへ移籍 前回から間が空いてしまった。前回は、デビューから1963年の紅白初出場までを駆け足で辿ってきた。勢いがつきすぎて、きわめて重要なトピックに言及していなかったことに後から気づいた。 1963年の紅白初出場時には、北島三郎はすでに日コロムビアの専属歌手から、新たに設立されたばかりの新会社・日クラウンに移籍していたのだ。その経緯は後に詳述するが、レコード事業部長として常務取締役だった社歴40年の伊藤正憲(1900-1992)が、元大蔵事務次官の著名な財界人で、株主の意向でコロムビアに送り込まれた会長・長沼弘毅(1906-1977)と対立し、「勇退」させられたことにはじまる。伊藤を慕う有力な社員ディレクターたちは、彼の辞職を不服とし、彼らが担当する専属作家・歌手を引き連れて新会社・日クラウンを設立した。そのなかに、五月みどりや守屋浩と並んで北島も含まれていた、

    第7回 分裂――機械屋vs.レコード屋 | 北島三郎論 艶歌を生きた男 | 輪島裕介 | 連載 | 考える人 | 新潮社
    bokmal
    bokmal 2023/05/17
  • 第4回 「ミューズ」になるか、自分で書くか? 女性作家たちの闘い | 文学は予言する | 鴻巣友季子 | 連載 | 考える人 | 新潮社

    (*連載について) 女性を型にはめる「聖と魔」の理論 父権社会で男性たちが自分の理解を超えた女性の力に出会ったとき、対処に困った彼らは女性たちにレッテルを貼ってきた。一つは、天上と通じるような人間離れした「聖性」であり、もう一つは、理性を超えた狂おしい「魔性」だ。このふたつは紙一重の部分があり、ときに反転する。異才の女性が女神から魔女に転落することは、現代でもよくあるだろう。集団でのレッテル貼りは「他者」をコントロールする手段の一つだ。 前回紹介したインゲ・シュテファンの『才女の運命』を再び参照しよう。ファム・ファタール“ごっこ”とその妄想が、激烈な毒性を発してしまった一例が、アメリカの作家ゼルダ・フィッツジェラルドとスコット・フィッツジェラルドの夫婦関係だ。出会ったころの十八歳のゼルダは、自ら率先してファム・ファタールを演じ、スコットは彼の小説から抜けだしてきたような女と電撃的に恋に落

    第4回 「ミューズ」になるか、自分で書くか? 女性作家たちの闘い | 文学は予言する | 鴻巣友季子 | 連載 | 考える人 | 新潮社
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    bokmal 2022/10/21
    “書き散らす女ども” たまたま某氏の清少納言への激烈な呪詛(没年も不確かな哀れな末路ザマァ、男並に自立する気もないくせに…云々)を再読して、多分同時代の女性の誰彼が念頭にあるよなコレ…と考えていた。
  • 第1回 俺がやらなきゃ誰がやる | 北島三郎論 艶歌を生きた男 | 輪島裕介 | 連載 | 考える人 | 新潮社

    著者: 輪島裕介 2022年にデビュー60周年を迎えた北島三郎。日の演歌界をリードしてきた不世出の歌手の名前と、「函館の女」「与作」「まつり」といった代表曲を知らぬ人はいないでしょう。しかし、そのキャリアや音楽的功績について、どれだけの人が正しく認識しているでしょうか――。著書『創られた「日の心」神話』で、演歌というジャンルの“起源”に鋭く斬り込んだ音楽学者が、「北島三郎とは何者か」という壮大な問いに挑みます。 音楽学者、北島三郎に挑む これから北島三郎について論じる。 いうまでもなく北島三郎は、現在日で活動する演歌歌手のなかでおそらく最も有名な、そして圧倒的に「大御所」感が漂う歌手といえる。レコードデビューは1962年なので、今年2022年に60周年を迎える。1960年代の「なみだ船」「兄弟仁義」「帰ろかな」「函館の女」、さらに70年代後半の「与作」など多くの有名曲を持ち、東映の任

    第1回 俺がやらなきゃ誰がやる | 北島三郎論 艶歌を生きた男 | 輪島裕介 | 連載 | 考える人 | 新潮社
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    bokmal 2022/07/29
  • 第1回 私の中に「奇」はない | 橋本治+浅田彰 日本美術史を読み直す――『ひらがな日本美術史』完結を機に―― | 橋本治 , 浅田彰 | 対談・インタビュー | 考える人 | 新潮社

    著者: 橋治 , 浅田彰 先日亡くなった橋治さんは、『ひらがな日美術史』全7巻完結後に、浅田彰さんと「新潮」2007年8月号にて対談をしました。浅田さんが『ひらがな日美術史』という仕事を高く評価していたことから実現したもので、活字になったの二人の対談はこれ一回のみです。二人の大ファンである私にとって、この対談は夢のような時間でした。今回、浅田彰さん、橋治さんご遺族のご厚意により、この「新潮」掲載版の対談を復刻掲載いたします。(編集長 松村正樹) 浅田 お久しぶりです。二十五年くらい前に、『広告批評』が紀伊國屋ホールで開いたシンポジウムで、オブザーヴァーと称して隣どうしに座らされて以来ですよね。 橋 あれは何だったんですかね。僕はオブザーヴァーになってくださいって言われた記憶もないんですよ。客席にいてくださいって言われて、何か最後に言ってくださいって言われて、すごく過激なことを言

    第1回 私の中に「奇」はない | 橋本治+浅田彰 日本美術史を読み直す――『ひらがな日本美術史』完結を機に―― | 橋本治 , 浅田彰 | 対談・インタビュー | 考える人 | 新潮社
    bokmal
    bokmal 2019/04/23
    “近代以前は洗練する時間的な余地があった。でも、近代以後になると洗練する余地がなくなった。だから、年寄りよりも若者がやることのほうがいい、となってしまった”
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