本日は、仏教にある思想の一つ、「如来蔵思想」について、 私の考えを述べさせていただこうと思います。 (因みに、「如来蔵思想は仏教ではない」という説を耳にすることもありますが、私は「仏教の一思想」と捉えております。) 以前、私が通信制の大学で学んでいた際に使用した 『宗教学概論』というテキストに、 「如来蔵思想」の説明がありました(P152)。 「如来蔵」の「如来」とは仏のことである。「蔵」とは子宮のことである。つまり、「如来蔵」とは仏を生み出す胎という意味である。仏を生み出す胎、すなわち仏となる可能性が人々にあること、これが如来蔵思想である。 「如来=仏」は、 清らかで、迷いのない、けがれに染まることもない、 さとりを開き、そして、人をさとりに導く、というお方です。 この「仏」になる可能性(=仏となる性質=仏性)が、 「すべての人に宿っている」ということを、 「如来蔵思想」は唱えているわけ

