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ブックマーク / kmiura.hateblo.jp (13)

  • 秋葉原 20080608・20090927 - kom’s log

    英語を喋りながら車に近づき、運転席に入ろうとすると自動的に体は車の左側に向かってしまう。扉をあけようとするとハンドルがないので、反対側に苦笑しながらぐるっとまわって右側のドアを開ける。日語を喋りながらだったらこんなことはまずない。妙なものである。何回かやってしまってからは意識して間違えないようになったけれど。 わすれないうちに彼女のことをいろいろ書きとめておこう、とおもっているうちに死んだ日から半年もたってしまった。書こうと思うとはた、と止まってしまう。まったく書けない。書きたくないのではなく、彼女のことを書こうとするとその存在のリアルさに圧倒されて書けない。死が生のリアルさを際立たせてしまうのかもしれない。文字にできない。ならない。でもなぜか英語だったらできる。日語だととても難しい。でも日語で書きたい。彼女と日語を喋っていたからかもしれない。そうこうするうちに忘れてしまうか

    秋葉原 20080608・20090927 - kom’s log
  • ムカシのネット - kom’s log

    院生のころネットに載せたおちゃらけ文章が出てきたんで掲載。 ロング・インタビュー - なぜ、三浦氏はシャツを燃したのか。 インタビューアー・冬木 - F:シャツを燃すのが趣味なわけ? M:いや、そーゆーわけじゃないんだけど。あのときはたまたま。というか、ある程度、必然的ではあったと思うんだけど。 F:必然的っていうと。 M:久しぶりに svnseedsにあった日だったし、IとかKとか荒くれな人間がいたしなあ。 山河でさんざん真露飲んだあとだったし。  真露はすげー酒だよ。つるつる飲んで、うまいよこれ、とかいってると腰くだけるからなあ。 F:ようはメンバーと、酒っつーことかなあ。 M:それだけじゃなくて、ミヒャエル・エンデが死んだことも関係しててさ。 F:へえー。 M:ミヒャエル・エンデは物欲が全くなくて、結局自分の肉体に対する未練もなくなって、死ぬ瞬間まで精神としての自分の存在を死とは無関

    ムカシのネット - kom’s log
  • 年金制度の男女差別について - kom’s log

    某所にある社会保険局にいって彼女の死亡届をした。国民年金をマジメに払っていた人だったので、どのぐらい還付されるのかな、と思っていたのだが、300万円これまで払っていて、遺族に支払われるのは死亡一時金なる12万円である。のこりの288万円はそのまま国のもの。ろくなものではない。あまりに腹がたったので、「詐欺ですね、これ」といったら係の人が絶句してもうすこしエライ人がでてきた。生命保険だって元は補償されますよね、普通、といったら「国がみんなでやっている制度なので、ご理解ください」とのこと。国がみんなで、という言葉に”國體”というおどろおどろしい旧字があたまをかすめた。文句をいうならば、選挙で、とまでいわれた。まあ、そうだろう。 もし私が死んだ場合には、遺族年金なるお金がでて、毎年70万円だかがに支払われるそうである。しかし、私が生きていてが死んだ場合には死亡一時金12万円のみ。男だからど

    年金制度の男女差別について - kom’s log
  • 2009-01-16 - kom’s log

    http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/middle_east/article5447590.ece 白リン弾の人体に対する影響に関して、白リンの酸化反応で生じる煙がほぼ無害である、という記述ばかりが日語では目立つ。2005年にファルージャで米軍が白リン弾を利用したときに、それが化学兵器か焼夷兵器か、はたまた単なる煙幕弾なのか、ということで激しい議論がおきたため、こうしたことになっているらしい(なお、米国政府は当時「化学兵器ではなく焼夷兵器」としている)。たしかに、「煙幕弾」ないしは「発煙弾」、「照明弾」として白リン弾が使用されているという軍による「人道性」を説く解説を素直にうのみにする方々からすれば、煙の人体に対する影響こそが関心の的となるのかもしれない。しかしながら目下ガザ地区で行われているイスラエルによる白リン弾の投下は、幾多もある写

    2009-01-16 - kom’s log
  • バカの身振り - kom’s log

    問題は、情報社会の発展により「言論の自由市場」が淘汰の場としては失効しているということ。東氏が島宇宙という(用語自体は宮台真司に由来。ただし、東氏においては若者文化論ではなくこれが全面化した状態が想定されている)のはそういう状態。それが、東氏における世界認識であり、かつ、ポストモダニズム系リベラルとして擁護する社会の姿でもある。 歴史認識問題じゃないんだよね http://blog.sakichan.org/ja/2008/12/15/not_issues_on_the_interpretation_of_hist ”「言論の自由市場」が淘汰の場としては失効している”のかもしらんが選択の場としては有効。選択のしかたにそれぞれの個人の”実感”が大きなファクターになるので、これが当の”大きな物語”の終焉、島宇宙の始まり、ってなことになるわけだけど、これまたよくできたお話ですな、と私は思う。参

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    bunoum
    bunoum 2008/12/18
  • シンガポールの死刑制度 - kom’s log

    昨晩講師の面々とColbarという飲み屋*1でビールを飲んでいて、シンガポールの死刑制度の議論になった。一緒に座っていたのはインドから移民したシンガポール人、シンガポール在住のアメリカ人とドイツ人、短期滞在のスコットランド人、オーストラリア在住のスイス人。そもそもの話題は、タバコ投げ捨てでどのぐらいの罰金になるのか、という話から、数年前に車にスプレーで落書きして、棒たたきの刑に処された17歳のアメリカ人の話、昨年麻薬所持で死刑になったオーストラリア人の話になって、そもそも重い罰を与えて社会から犯罪を一掃しようという方針はよいのだろうか、わるいのだろうか、という話になった。 南インドからシンガポールの大学に入って苦労を重ねてようやくシンガポール市民になったS氏は、重い罰があることによってシンガポールの秩序は保たれ、犯罪件数はきわめて少ない、これこそ正しい社会のありかただ、という。ドイツ人やア

    シンガポールの死刑制度 - kom’s log
    bunoum
    bunoum 2008/07/16
  • 日本の天文学、大丈夫なんでしょうか - kom’s log

    「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット http://d.hatena.ne.jp/toled/20070726/1185459828 http://d.hatena.ne.jp/toled/20070727#1185459989 ちょうど昨年6月から同じようなことを考えていたのでほぼ一年後の今この文章を発見して、おー、と思った。この数日の「ニコニコ現実」という現実を先取りする形での自覚的無知ポジションのあぶり焼き、という内容なのだが、力技が見事に成功しているその中間部分を割愛しつつ最後のところだけ。 アナベスは、ジミーによって庇護される対象である。平時において彼女は、「永遠の嘘」の中で「無知」の役割を与えられている。だが、自分がやってしまったことの重さに耐えかねて「永遠の嘘」を放棄しようとするジミーを前にして、彼女は「無知」を娘たちに転移させることによって

    日本の天文学、大丈夫なんでしょうか - kom’s log
  • フィンランドの教育 - kom’s log

    フィンランドの子はなぜ賢いのか 応用力が世界1位 http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200712060047.html 上の記事で重要だと思ったのは 「成功しているのは、教師がすべて修士号を取得していて質が高く、同じ学校で長く勤務して責任を持たせているためだ」。まねるだけではダメ、教師の環境を整えることが第一だという。 一方で日の文部科学省は、膨大な業務を教師に押し付け、教員免許を更新制にし、校長や教頭の権力を絶対的なものにして教師という職業をいかにも魅力のないものにおとしめている。そこにあるのは実のところ”教師の排除”という発想だけ。優秀な人間が(権力者のいうことをよく聞く教師という優秀さではないが)、そんな職業を選択しなくなっていくのは、あたかもしくまれたようでさえある。二度目の引用になるが … すべての教員養成課程を調べたわけではないし、あくま

    フィンランドの教育 - kom’s log
  • 『私は、私自身の原因である』 - kom’s log

    殺害予告を私は受けたらしい。 2007 年10月07日 hashigotan 殺, やられた分の反撃「なんじゃこりゃ」とはなんやねんオドレは調子に乗るなよ若造が!お前は不妊治療中の女と子供の居ない女を敵に回したも同然の反応を示したのだお前のような糞ガキに人の痛みが解るわけなかろうがチンコ切り落とすぞ 殺す、といわれたのは実に久しぶりなので経緯などを含めてメモしておく。一ヶ月前にたらたらとネット・トラバースしつついろいろな記事を読んでいて、「なんじゃこりゃ」という短いコメントを付してとある記事をブックマークした。、『世の中の非常識な子連れ主婦に対して注意したい事(俺が納得するまで続く)』という文章である。5つの節にわかれており、社会道徳を説いている。そしてこの社会道徳はどうやらこの筆者自身が感じている不快さによって根拠付けられる道徳らしい。これに私は少々困った。社会道徳と、筆者の個人的な不快

    『私は、私自身の原因である』 - kom’s log
    bunoum
    bunoum 2007/11/24
    「あらゆる意味も定義も本質も、存在に先行することはできない。まず、『何かが起こり、それからすべてはじまる』のである。私は私自身の原因である。」
  • kom’s log - [link] 日本語がよめない人からの原発事故の眺め。

    右傾化する日、というイメージはコイズミ→アベという政権の挙動が報道されるにつれ、欧米では強まっているのだが、拍車をかけているのはサンケイ・コモリ記者のような人間と同時に、そうした歴史修正主義者の政治的プロパガンダをそのまま連呼しながら英語の新聞社サイトやブログのコメント欄におしかける連中である。たとえばさきほどたまたまみかけた次の記事のコメント欄。 Comfort Women or Sex Slaves? これらの人間の書くことというのは、コメントをつけた記事の内容に関係なくほぼ同じ内容なので、英語だけ読む人間からながめたらあたかもどこかに組織された運動のように映る。日は世界に対してひとつの確固たる国として存在すべし、という意識がその底には見えるのだが、この確固たる国というのが、単に世界に対立した意見を連呼すること、としか思っていないように思える。もうすこしいえば、極端な発言で日を擁

    kom’s log - [link] 日本語がよめない人からの原発事故の眺め。
  • 卑劣だろうか。 - kom’s log

    三週間ぶりにフランス人のJとビール。近くに引っ越してきたので、家の間にある飲み屋で会えるのがなんとも都合よし。この三週間こんなかんじでさあ、と彼が2週間行っていたバレンシアのこと、ミラノのこと、私がいっていたイギリスのこと、映画の話。バッファロー66をみていないというので、いじめた。 1995年にオウムの地下鉄サリンテロがあったときに、泡を吹いて倒れる人々を横目に人々は日々の業務へと急いだ。現場に居合わせた辺見庸は”またぎこして”とさえ形容している。 36歳男が特急車内で女性乱暴容疑 乗客、制止せず 車内レイプしらんぷり 「沈黙」40人乗客の卑劣 これを卑劣というならば、なぜあのときのことを人々は思い出さないのか、と思う。サリンではなく駅のホームで貧血でぶっ倒れ、頭がコンクリートのプラットホームにあたって鈍い音がした女性がいるのに何事もなかったように新聞を広げたままの通勤客や、某予備校の2

    卑劣だろうか。 - kom’s log
    bunoum
    bunoum 2007/04/24
    「異常を日常に回収する、あるいは異常であることを感じなくなっているという点にこそ焦点があてられるべきなのである。」
  • kom’s log - 戦争をしない国

    粒子物理で宇宙線のモンテカルロ・シミュレーションをやっているひととディスカッション。実は隣のマックスプランクにいる彼の専門のことはこれまで知らなかったのだが、たまたま最近判明してもりあがった。モンテカルロの並列化についていろいろおしえてみらう。今後お世話になるなあ。フォートランの方がCより速い、とかいっていた。ほんとかよ。 所内報のエディターと打ち合わせ。昨晩ながながと書いた牛涎な文章を「エディットしたらOKね」とのことでありがたがってくれた。ほっとひといき。 来月のミーティングのことで、パリ・エコール・デ・ミンの数理形態学センターのひとたちとメールやりとり。ヴィデオコンファレンスにしようということで、ビデオ参加したいというオックスフォードの支所に連絡。うちの部門のヘッドがゲストのメンツになんか妙にびびっているので、エコール・デ・ミンってなんじゃね、とフランス人ジェローム君に聴いたら、パリ

    kom’s log - 戦争をしない国
    bunoum
    bunoum 2007/01/25
    「戦争をしない国」=「侵略をしない国」ということならいいんだけど「防衛すらしない国」と考える国民やそう思わせようとする隣国がなあ。
  • kom’s log 学校マクドナルド化批判

    このところ、教育法の改定に賛成する人々の意見をあっちこっち見にいっていたのだが、賛成の理由はどうやら”日教組粉砕”らしい。小学生のころにみかけた”ニッキョーソオ、フンサーイ”と、軍歌をバックに怒号するウヨクの黒いトラックの思い出からはや20年以上たつわけであるが、いまだに”ニッキョーソオ、フンサーイ”なわけで、ついにはそれが政治日程に載っている、ということなのである。いやはや時代はかわったものだ。などと目を細めるほど歳をとっているわけではないので、彼らの考え方に関する私のささやかな分析をかきとめておく。簡単なことだ。彼らの頭の中では、目下の教育は以下のような仕組みなのである。 日教組(及びその黒幕である共産党) −> 教師 −>生徒。 これを教育法の改定により次のように変える。 日政府 −> 教師 −>生徒 実にわかりやすい。正しいかどうかはともかく、明快である。要するに教育の大

    kom’s log 学校マクドナルド化批判
    bunoum
    bunoum 2006/11/13
    「私はこうしたコミュニケーションのありかたは自律した人間同士のコミュニケーションのありかたというよりも、ひどく他律的、すなわち中心点に依拠したコミュニケーションだとおもう。」
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