最遊記とか文豪ストレイドッグスとか有名な登場人物とか実在した人物を擬人化する話を読むたびにモヤっとする。 他にもたくさん似たような話はあるけど、この二つが特に一番ひどい。 両方とも作者がしゃしゃり出てて、「うちの三蔵が~」とか「やっぱりうちのナンバーワン人気は作之助ですね」みたいなことドヤ顔で言ってる。 おめえのじゃねえだろってつっこみ入れたくなる。 いっそのこと本物の西遊記をすごく面白く下敷きにした作品や、文豪をモデルにしたもっと面白い作品が出てきてくれてこいつらが発狂してくれてばって思う。
という疑いを持っています。その疑いを感じたのはつい先ほど。今年はどんな年にしますかと聞かれた際に何も考えずほぼ脊髄反射にて「飛躍の年にします」と自分が答えた、正にその瞬間。 ふと去年も同じように回答していたことを思い出し、正直、自分が恐ろしくなりました。2016年も「飛躍の年」にすると言い、そして2017年も満を持して「飛躍の年」にすると言う。振り返れば、2015年も2014年も2013年だって「飛躍の年」にしようとしていた気がします。 毎年、何も考えずに闇雲に「飛躍の年」にしようとするこの「飛躍一辺倒」な大空を目指すスタンスは、これはもうホモサピエンスというよりはカササギ、シラコバト、ハシブトガラスと言った鳥類に近い発想と言えるのではないか、そんな気がしてなりません。 だいたい、「飛躍」という言葉を、自分は何となく大きく高く飛び上がること、即ち「急成長」というような意味合いで使っているの
「あんたは、なにちゃんだったっけか?」 孫である僕の顔を覗き込む祖母。 まさか自分がこんな、ドラマのワンシーンのような状況に遭遇することになろうとは… 驚愕、混乱、不安、そして、悲しみ。 本当に色々な感情を抱いた時、人はどんな表情も作れないのだと、23にして初めて知った。 年末年始、母方の実家に帰ったときのことである。 「けんちゃんだったかしら」 「・・・そうだよ」 引きつりながら笑って頷く。 なんだ、びっくりした。自分の年齢に乗っかった新手のネタか。 これは一本食わされた。はっはっは。 最初のやり取りはそんな感じだった。 これが本当にネタだったなら、どんなに心穏やかに新年を迎えられたことだろう。 おばあちゃんがボケた。 これまでとは違い、決定的に。 名前を聞いてきたことが、冗談ではなく本気の確認作業だったのだと気付くのに時間はかからなかった。 本当にボケていたのだと最初に確信した時、今ま
最近、働き方改革との関連で、日本の生産性の低さを嘆く記事をしばしば見かけます。生産性を計測する方法に問題があるため(たとえば日本では電車を時刻通り動かすために保守点検業務を必死に行っているのに、それを評価していないなど。)、嘆くだけの記事をそのまま認めるわけには行きませんが、それを除いても、生産性が低い部分が多い事も事実です。 ようやく近年、少子高齢化と景気回復により労働力不足となり、企業に省力化投資を進めようといったインセンティブが高まりつつあり、生産性向上への明るい兆しが見えて来ています。 そこで発生したのが今回の電通事件です。事件自体は悲惨でしたが、日本経済全体への影響を考えると、この事件が、上記の流れを加速し、決定付ける可能性は大きいと思われます。 社長が辞任したとなれば、日本中の企業で多くの経営者が、「我が社でも違法残業をしていると自分の首が飛びかねない」という恐怖を味わって
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