苦しみから意識をそらせてみれば、かれは森の中にいた。苦しみは実体がなく、まるで内臓の不調のようで、先鋭ではないが去ろうとはせず、そして、得体が知れなかった。森は美しい多様な緑色で描かれていた。音楽はない。風もなく、指針もなく、北極星もない。あるのは、半端な苦しみだけだ。苦しみは意識をそらせ、かれを現在に、なかばしか存在させない。まるで、何もかもが、当座のもの、いい加減に、別のことをやりながらのようで、かれは自分が今そこにいる森が、まるで遠いもののように、憧れの対象のように心に映じるのを、どうしようもできない。 ……そうじゃない。判断の基準がないんだ。どうすればいい。だめだ。ばらばらだ。 筋の通らない切迫感に惑乱して、かれは不用意に踏み出した。地面はこれも無数の多様なこげ茶色。枯葉の堆積の中には、何億種もの虫がいる。その一瞬の想像に怯え、その怯えに無関心な森の静けさにかれは圧倒された。踏み出