ヒューム 自生的秩序(コンベンション) ボクの立場はとにかく経験主義です。経験主義的な立場とはまず「自生的な秩序」があるということです。このような経験主義を明確化したのはヒュームでしょう。ヒュームは自生的秩序をコンベンション(慣習)と呼びます。合理主義や法など言語活動はいつもコンベンションの後から来る。そしてこのような合理主義は重要ではあるが必ず失敗する。それは言語の限界であって、知の限界です。 そして注意する必要があるのが、言語表現の軽さです。言語表現はすべてを軽いものにしてしまう。操作可能にしてしまう。そこに失われる「重さ」は、コンベンションに繋がっています。コンベンションは環境であり、そして環境と接する身体です。いくら言葉で語ろうが容易に変化しない重さ。それは、物質的な環境であるとともに人そのものです。人は生まれ落ちた環境、文化、社会、関係性などに密接に結びついて切り離すことができな