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2007年11月23日のブックマーク (5件)

  • 深町秋生の序二段日記

    たくさんの人があの事件のお父さんを、「気の毒な被害者の方」という目では見ていないようだ。正直に告白すれば私もだ。 そもそも事件自体も不明な点がたくさんあるので、何一つ断定的なことなど言えるはずもないが、どういうわけか数段階を吹っ飛ばして金田一君ばりの推理を展開しているブログもあちこちにある。そしてこういう騒動も起きた。 http://www.nikkansports.com/entertainment/f-et-tp0-20071121-286130.html(星野奈津子が不適切発言で活動停止処分) 「『絶対にあれは○○の仕業!』という話題で持ちきり」などと書いてしまったらしい。この星野嬢(誰だか知らんが)のうかつさは相当なものだが、あまり責めることができない。なぜならメディアが言ってるのだもの。「あいつは被害者以上の何かさ」と。なんの犯罪なのかもわからないというのに。 犯罪というものは概

    深町秋生の序二段日記
  • カトラー:katolerのマーケティング言論: 吉兆の蹉跌 ?ブランドと「のれん」のはざまで?

    「ミシュランガイド東京2008」が昨日、発売された。 国内の日料理店や寿司、天ぷら店などが三つ星や二つ星に選定される中にあって、偽装問題で揺れている「吉兆」の名は影も形もなかった。 東京サミットでは、日料理を各国の元首に供する大役を担うなど、吉兆は、正に日料理界の最高峰の名をほしいままにしてきた。その吉兆の名が地に墜ちつつある。 あまり知られていないことだが、「吉兆」という料亭は、創始者の湯木貞一氏が、1930年に大阪で鯛茶所として開店し、一代で創り上げたもので、百年以上続く老舗料亭、日料理店が、数多く存在する日にあって、その歴史はたかだか70余年でしかない。 その吉兆が、これほどまでの名声をどうして築くことができたのか?それは、ひとえに湯木貞一という創始者の非凡さによっている。大正~昭和の料理人で湯木と並び称されるのが、北大路魯山人だが、魯山人は正真正銘の天才であり、料理を魯山

    カトラー:katolerのマーケティング言論: 吉兆の蹉跌 ?ブランドと「のれん」のはざまで?
    cham_a
    cham_a 2007/11/23
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    私、餡子のためなら逆立ちだってしますよ。 こじらせている。 べたいと思ったらべたいのである。 ここが北カリフォルニアの片田舎であろうと、私があんみつがべたいと思えば、あんみつは今すぐ作ってべなくてはいけないものになる。いしん坊の思考は凄まじい。 子供が観ていたアニメで、赤ちゃんが空の…

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    東大生でない中川淳一郎さんが駒場寮で得た人生訓(私と東大駒場寮 3) 駒場寮の北寮9Bの部屋、「基礎科学研究会」、略して「KKK」の部屋 予備校の講師に連れられて、駒場寮に出入りするように 「代わりに面接受けろ」入寮の面接は「替え玉」で突破 「経営と文体の基は寮での読書で培った」 東京大学の駒場キャンパス(東京都目黒区)にか…

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    cham_a
    cham_a 2007/11/23
  • 「単なる」「私的な」「個人的見解」と修飾語を連ねても、批判は免れない - good2nd

    id:buyobuyo さんのとこでの id:E-You さんのコメント。題とは違う話なんですけど。 私とあなたの意見が合わないからといって、批判される筋合いはありません。 だって、あくまで私的な意見だもの。 もしそれがあなたを傷つけたのなら謝るけど、批判? いったい何様ですか? 批判は意見が合わないからこそするものです。 意見が合わなければ、それだけで批判するのに十分な理由になります。 私的だろうと何だろうと、あらゆる意見は批判に晒されるべきです。 しかし、短絡的な批判は時として誹謗や嘲笑になりさがるので、慎重さが必要とされるのは言うまでもありません。 「意見の相違に基づく批判」は、傷ついた傷つかないという「気分」の問題に劣るものではありません。 批判は、その内容が重要なのであって、批判すること自体には何の資格も必要ないはずです。 嫌ならスルーすればいいと思うよ(僕みたいに) あらゆる

    「単なる」「私的な」「個人的見解」と修飾語を連ねても、批判は免れない - good2nd