『戦略PRは終わりました』記事への反論はまだですか?と言われるのですけど、そもそもの「理解」ー本来のPublic Relationsについてやグローバルな潮流などなどの理解ーに大いに問題があるので、はっきりいって同じ視座で反論は不可。あくまで「トリガー」になったという前提で、思うことを。...
「戦略PRは終わりました。」というタイトルのコラムが偶然目に入った。PRの仕事を長年してきた者にとっては、「穏やかでない」タイトルに、思わず釣られてしまった。見事なアイキャッチだ。 筆者の肩書をみて「おや?」と思った。これまで「戦略PR」という言葉をよく使ってクライアントに提案し、営業(良い意味でのお金儲け)をしてきた会社の社長さんのコラムだったからだ。私もかつて提案して頂いたことがある。 ますます穏やかではない。 ひょっとして「釣り」か?あるいは、何かの「コマーシャル」か??と、ついつい仕事柄か深読みをしてしまう。これは悪いクセである。 スマートデバイスの急激な普及や、まとめサイトやキュレーションサイトなどのデジタルメディアの増加など、マーケティングにおける環境変化はさらに加速度を増し、広告がより生活者に届きにくくなる中、この戦略PRという概念が時代遅れになってきています。出典:戦略PR
ここ最近、ある変化を感じている。企業が消費者向けに作成するコンテンツやコミュニケーション表現における「嘘と誠のバランス」だ。 多くのコンテンツは、その成り立ちから「フィクション(架空や創作の作品)」と「ノンフィクション(史実や記録に基づいた作品)」という2つに大別できる。子供のころ、お気に入りのテレビドラマの最後には必ず「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは・・・」というテロップが現われた。 最初は意味がわからず、やがて「ああ、そういうことだよな」と妙に世を知った気分になった。 「フィクション」という言葉を知ったのも、その頃だったのではないか。そして今、このフィクションとノンフィクションのバランスに変化が見えるのだ 例えば、最近よく目にする某社の電子書籍端末のCM。美術館前で、一般の人々が同機の使用感について感想を述べていくものだが、放映開始するや「イラッとする。違和感を持つ
連載第4回目は博報堂ケトル・嶋浩一郎氏×電通PR・井口理氏の対談です!コミュニケーション領域の中で、現在企業がコントロールできない、アンコントローラブルな部分が拡大してきていてます。そんな中、マーケティング手法も日々変化を遂げています。時代は「生活者の声を企業がいじるマーケティング」へ。その意味とは? 今年はPRの審査員としてカンヌにやってきたわけですが、先週日曜夜に審査が終了し、月曜に審査員揃っての記者会見、その夜に授賞式と任務をほぼ終え、続々発表される他のカテゴリーの授賞式を見たり、セミナーに参加している嶋です。カンヌは広告会社のコンペティションの場であると同時に、最新テクノロジーをシェアする場でもあります。弊社の木村がスピーチを行ったようにカンヌはココ数年TED的な側面も注目されつつあります。電通のセミナーにもPerfumeが登場しましたし。 さて、私が審査を担当したPRライオンのグ
PR会社/株式会社コミュニケーションデザインは戦略PRによる空気づくりやブランディングなどのコミュニケーション戦略を立案・実施するPR会社です。 PRの環境変化とは? 玉木:本田さんとは鶴野充茂さんが主催する「メディコミ会」で初めてお会いさせていただいたのが2002年でした。それからもう8年も経ったんですね。当時から、私もパブリシティという考えを超えて、戦略的なPRやコミュニケーションのあり方について、たいへん興味を持っていたのですが、本田さんはPR業界の中でもそのテーマについて情報交換をできる数少ない一人でした。2004年には、戦略的なPRの手法について紹介した「影響力」という本を共著で書き、その後、本田さんには当社の社外取締役にもなっていただいています。 本日はまず、本田さんがこの10年間で、PRに対する考え方が変わってきた部分など、心境の変化についてお聞きできればと思います。
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