もしかしたら先行研究があるかもしれないが、ちょっと面白いことに気づいたので、メモ程度に書いておく。 『蒙求和歌』の第2第5話「漂母進食 郭公」は、貧しい時代の韓信が漂母というオバチャンに助けられ、後に楚王となった時に、恩を返したという話である。典拠は『蒙求』の他、『史記』淮陰侯列伝である。 韓信が漂母に出会う場面、国会図書館本『蒙求和歌』では次のようになっている。 下邳ト云所ニ行テイヲヲツクリケルニ漂母来テ・・・ 「イヲヲツクリケルニ」は「庵を作りけるに」と解釈できる。「庵」は本来の表記では「いほ」が正しいが、この程度の表記ブレは珍しくない。 これでいいだろうと思ったのだが、ちょっと気になって、『蒙求』を見てみた。すると、韓信は魚を釣っている。次の写真は国会図書館本『付音増広古注蒙求』によるもの。「下邳ニ至リテ釣リス」と書いてある。 念のため『史記』にもあたってみたが、やはり韓信は釣りをし