「紙幣らしさ」が備わる模様は、肖像、唐草模様、彩紋(さいもん)模様が代表的なデザイン要素である。しかし、紙幣のデザインは他にも重要なデザイン要素を備えている。それは紙幣に用いられている書体である。日本の紙幣(正しくは日本銀行券)において、日本銀行などの発行主体、額面金額、記番号、印章などが印刷され、それらの文字は一般国民に理解され、読みやすさ、使いやすさをもって付与されている。特に重要とされるのが「大蔵隷書」と呼ばれる書体である。「大蔵隷書」は書体名としての認知度も低く、それに関わる具体的な資料、文献もほとんどない。しかし、今日の紙幣に使われていることから、生活環境の中で誰もが目にする機会も多く、潜在意識的に広く認知できている書体ともいえる。そこで本研究では、日本の紙幣における伝統書体として「大蔵隷書」が果たしてきた役割について、紙幣デザインの歴史的変遷で説明する。