“いくら目をこらして水面のアメンボを見つめても、アメンボの肢の先には何もついてはいない。けれど影はちゃんとある。何もないのに影ができるなんて、まるで怪談かミステリーだ。 この四つの丸い影は水面の影なのである。アメンボの四本の肢の先は、油気があるので、水の中にもぐってしまわず、水面を押しくぼませる。そこでぼくらの目には見えないけれど、水面が丸くくぼみ、そのくぼんだ水面の影が水底に映っているのだ。 このくぼんだ水面が、アメンボ忍者の下駄である。くぼんだ水面は、水の表面張力で平らな水面に戻ろうとする。その力がアメンボの肢先を押し上げる。前後四本の肢先がこうして押しあげられると、軽いアメンボは水面に浮かぶ。だからアメンボは、たった四本の肢先で水面に立っていられるのだ。残る二本は中肢である。この二本の肢の先は油気がなく、水に濡れる。アメンボはこの二本の肢先を水につっこみ、オールのようにして水を漕ぐ。