“この犬、人を見るとやたらと吠え立てるのである。漱石はその方が用心がいいなどと勝手なことを言っていたが、けっこう近所迷惑であったらしい。そしてやかましいだけでなく、とうとう、通行人に噛みついてしまった。さあ、大変。巡査が夏目家にとんでくる破目になる。そのとき、犬を庇って巡査に猛然と抗弁する漱石の理屈がもの凄い。 犬は利口なもので、怪しいとみるからこそ吠えるのであり、家族や人相のいい者には吠えるはずがない。噛みつかれたのはよほど人相が悪いか、犬に敵意を抱いていたからで、犬ばかりを責めるわけにはいかない。人間の方が悪いのだと言わんばかりであったというのであるから、いやはや、恐れ入る。飼い主もまた、巡査相手に吠え立て、噛みついたのである。”