© 2018 Kazuhei Kimura Kazuhei Kimura CLOSE MENU
© 2018 Kazuhei Kimura Kazuhei Kimura CLOSE MENU
Unseen Photography fair Amsterdam
フォトグラファーの必需品である露出計とカラーメーター。最近ちょっと出番が減っていませんか? 最新機種ではデジタル時代ならではの機能も強化されています。光源の色と露出のコントロールについて、あらためて考えてみましょう。 露出計・カラーメーター入門 第4回 プロデジカラーC-500とカラーチャートを使ってカメラの色再現をコントロールする 一つの撮影に複数のカメラが混在する時、色再現はカメラごとに異なる。この色の違いを吸収し、好みの色再現を実現するカメラプロファイルを、プロデジ 2010.10.27 | 茂手木秀行
DDN は 音楽 ・ 映像 に関する デジタル アート を中心に情報ミックスを配信中
1億総フォトグラファーともいえる今日、写真のあり方/価値をつくるうえでヒントになるんじゃないかと思う考え方がある。それは、「鏡と窓」。 「鏡と窓」は、キュレーターであるジョン・シャーカフスキーが1978年にMoMAで開催した「Mirrors and Windows」というタイトルの展覧会で使った表現で、シャーカフスキーによると、写真には大きく分けて2つ;「鏡」としての写真(自分の内面を知るために使う写真)と「窓」としての写真(外側で起きていることを知るための写真)があるという。 たとえば、アンセル・アダムスに代表される伝統的な手法による写真は「窓」に属し、その後に出て来たダイアン・アーバスに代表される、作者の内面描写により比重を置いたとされる写真は「鏡」に属する。 ところで、その1億人のフォトグラファーのなかで、写真にのめり込んでいく人たちのようすを見ていると、初めは記録のために撮り始めた
正月早々、事件だ。あの大橋 仁が3冊目の写真集を上梓した。しかも、とんでもない本を。 『凄絶ナリ』ー。アラーキーこと、荒木経惟にそう言わしめた99年刊行の処女作『目のまえのつづき』(青幻舎)。赤く染まった表紙の写真は、一見すると繊細で落ち着き払った雰囲気だが、よく見るとそれがシーツに染み渡った鮮血だと分かる。しかも異常な量の、人間の血だ。 19歳のとき、義父の自殺現場 第1発見者となった大橋。救急車を呼ぶとともに、現場を写真に収めた。その後、幸運にも一命をとりとめた義父のその後も含めて、生死のジェットコースターを1冊の本に。〝生きること、死ぬこと〟をきれいごとで描くことなく、裸一貫、カメラ1つでブツかった。ページをめくれば、様々な感情に揺れうごく魂の咆哮が聞こえてくる。 そんな大橋は、寡作な作家だ。次作『いま』(青幻舎)が刊行されたのは6年後のこと。10人の妊婦からオギャーと赤ん坊が飛び出
1 インターネットというイメージのアーキテクチャ 今日、写真や写真を取り巻く環境について、Flickr、Tumblr、Instagramなどのインターネット/デジタル技術におけるプラットフォームを抜きには語れない。インターネット上では、日々、何千万という写真やイメージが生まれ、集積され、複製・改変されており、そこではカメラや撮影者すら不在の写真が氾濫している。ここで「不在」とは、文字通りカメラや撮影者がいなくても写真・イメージが生成されるという意味もあるし、写真・イメージにカメラや撮影者が顕在化しないという意味もある。インターネットという「イメージのアーキテクチャ」においては、写真やカメラというハードウェア(物質)は、デジタルイメージやソフトウェアとしてインターネットに「溶けている」。 このような複製・改変を自明のものとする時代において、写真文化を語る際に「写真は真実を写すのか」という
毎年ロイターが公表する「ベストフォト」では、今年のニュースを象徴する95枚の写真が選ばれました。 果たしてプロ中のプロであるロイターの報道カメラマンが撮影した素晴らしい写真はどのようなカメラで、レンズで、どういった設定で撮影されているのか気になりますよね。 写真のEXIF情報を分析されていたものをご紹介します。 キヤノン強し! 1D Mark Ⅳが最多数でした。 単焦点レンズ 50mmと24mmが17.6パーセントで最多、次いで16mmのレンズでした。 ズームレンズ 16-35mmレンズが52.9パーセントと圧倒的最多数です。 シャッタースピード 1/320秒が一番多いようです。ついで1/250秒ですね。 F値 F2.8が28.6パーセントでトップ。F4が2番目、次いでF1.4となりました。 ISO ISO200が17.1パーセントとトップ。次にISO400と800が12.9パーセントで同
写真家 志賀理江子が宮城県を訪れてから6年が経過しました。 この展覧会は、自らの生活環境や経験と写真表現を一体にしようと探求してきた志賀の現時点での成果を提示するものです。1980年生まれの志賀は、快適に整えられ自動化された日々の生活と社会に身体的な違和感を感じるところから表現を始めました。国内外で活動しながら、2006年の当館の企画展参加を契機に初めて宮城県を訪れました。その後も志賀は、密接な土地との関係を求めて何度も東北に戻ってきました。そして、太平洋に面した北釜(※)の松林と出会ったのです。 志賀は北釜で暮らしながら、地域のカメラマンとして祭りなどの公式行事を記録し、オーラルヒストリー(口述史)の作成を行いました。それらの経験は作品制作に大きく影響していきます。志賀は写真が自らの身体とかけ離れないように、北釜の空気をいっぱいまで吸い込み、静かに長く吐き出すようにして一つずつの作品を制
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く