日本における検閲(にほんにおけるけんえつ)では、日本における検閲の歴史を述べる。 近代以降では、戦前の内務省や、連合国占領下の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)によって検閲が実施されていた。 検閲は大きく分けて事前検閲と事後検閲の2種類あるが、日本において大日本帝国憲法下で行われたものの多くは事後検閲であった[1]。 現在の日本において、検閲(行政による事前検閲)は日本国憲法第21条によって原則として禁止されているが、わいせつ物頒布等の罪 (刑法175条)や有害図書指定などとその適用が「事実上の検閲」であるとの批判もある[2]。 江戸時代から出版が盛んになるにつれて江戸幕府も検閲に乗り出すようになった。初期はキリスト教や幕政批判、江戸幕府ならびに徳川氏の事績に関するものが発禁の対象だったが、寛政の改革では風俗を乱すものや贅沢な出版物も対象となった。版木を没収されたものでは林子平