少年、自転車、五合目。目指すのは、富士山である。パンパンにはったふくらはぎ、肌にはりつくTシャツ。夕焼け、野宿、小さな出会い。 結城歳久氏が掌編『その夏』で描いたのは、ありふれた夏の出来事である。ありふれているけれど、感動する。なぜなんだ。だがよく考えたら不思議なことなどなくて、僕らはいつだって、ありふれたことに感動している。 小説家としての僕がこぼしてきてしまったもの、諦めてしまったものが、この作品にはある。僕はもう、『その夏』のような作品には戻れないだろう。だけど、僕がそういう小説を読みたいとき、他の誰かが書いていてくれる。それは、素晴らしいことなのだ。 テーマ:読んだ本の感想等 - ジャンル:小説・文学