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ブックマーク / crd.ndl.go.jp (12)

  • 日本刀の柄に鮫皮が使用され始めた時期を知りたいのですが。 | レファレンス協同データベース

    「日刀・刀装事典」杉浦良幸著文 出版/2011刊及び「ものと人間の文化史35 鮫」矢野憲一著 法政大学出版局 1978刊に鮫皮の使用開始時期は不明の旨の記述がありました。 日刀関係及び鮫関係の資料を確認しました。日刀関係では里文出版「日刀・刀装事典」、鮫関係では法政大学出版局の「ものと人間の文化史シリーズ」の35巻「鮫」に刀装に使用され始めた時期は不明の旨の記述をみつけました。 また、「ものと人間の文化史シリーズ」の35巻「鮫」に(鮫皮を使用した)現存する最古のものは正倉院「金銀鈿荘唐大刀」、国産の鮫皮の使用の古い例は、著者の知る限りでは愛知県猿投神社蔵重要文化財「黒漆尾長鳥文小太刀」という記述があったので、参考として関連資料を紹介しました。(参考資料参照) NDC 金工芸 (756 8版) 脊椎動物 (487 8版) 参考資料 756.6「日刀・刀装事典」 (目の眼ハンドブック

    日本刀の柄に鮫皮が使用され始めた時期を知りたいのですが。 | レファレンス協同データベース
    florentine
    florentine 2022/10/04
    “ものと人間の文化史シリーズ」の35巻「鮫」に(鮫皮を使用した)現存する最古のものは正倉院「金銀鈿荘唐大刀」、国産の鮫皮の使用の古い例は、著者の知る限りでは愛知県猿投神社蔵重要文化財「黒漆尾長鳥文小太刀”
  • 岩手県に伝わるという、猫憑きを退散させる「猫送り」の呪術についての文献はあるか。 | レファレンス協同データベース

    送り」とはの祟りを払うために行われる呪法のこと。日各地に伝わる厄神を追い払う習俗・行事である「神送り」の一種とされる。「神送り」は総称で、「虫送り」「疱瘡神送り」「狐送り」「人形送り」等、払うものや依り代の名が付けられている場合が多い。 岩手県江刺郡梁川村(現奥州市)で行われていた「送り」の事例として、に祟られて病気になったときなどに「」という文字を書いた板を四辻に立てて厄払いをしたとある。人々はこの板にさえ近付くことを怖れ、遠回りをしたという。 当館所蔵資料のうち、下記資料に「送り」の記述を確認。 ・『定柳田国男集 第13巻』柳田 国男∥著 筑摩書房 1963 p.460「ネコオクリ」 ・『の民俗学』大木 卓∥著 増補 田畑書店 1979.9 p.217~227「を捨てる法」 >p.223~225「捨ての辻」 ・『図説憑物呪法全書』豊嶋 泰国∥著 原書房 2002

    岩手県に伝わるという、猫憑きを退散させる「猫送り」の呪術についての文献はあるか。 | レファレンス協同データベース
  • 関東大震災を体験した駐日フランス大使ポール・クローデルが、震災に関して書いたものはないか。フランス語... | レファレンス協同データベース

    事例作成日 2011年04月06日 登録日時 2015/07/24 00:30 更新日時 2015/07/28 14:58 以下の資料/情報を提供した。 【図書】 【1】Correspondance diplomatique : Tokyo 1921-1927 / Paul Claudel (Gallimard, c1995) p. [194]-204, p. [205]-207, p.[285]-288   《駐日大使時代に国に送った外交書簡(抄)》 【2】L'oiseau noir dans le soleil levant / Paul Claudel (Gallimard, c1929) p. [41]-66, p. [67]-71 《俳句や都都逸風の短詩作品や日文化を主題とした随筆集》 【雑誌】 『Ebisu : etudes japonaises』 no.21 (Maiso

    関東大震災を体験した駐日フランス大使ポール・クローデルが、震災に関して書いたものはないか。フランス語... | レファレンス協同データベース
  • 「宮中御養蚕」に関する次のものを見たい。(1)明治4年に始めた「宮中ご養蚕事始」に関する資料(2)宮... | レファレンス協同データベース

    事例作成日 2012年04月13日 登録日時 2012/07/02 13:59 更新日時 2012/10/02 14:38 「宮中御養蚕」に関する次のものを見たい。 (1)明治4年に始めた「宮中ご養蚕事始」に関する資料 (2)宮中御養蚕の奉仕者だった島村の4人の蚕婦の往復の経路(参考になる地図も) 往路は利根の舟運を利用。復路は中山道を徒歩と人力車を利用。(宮中ご養蚕事始に出ていたとのこと) (3)島村出身の「田島武平」に関する資料と武平氏の写真。(タジマ ヤヘイではない) (4)田島氏と4人の蚕婦が宮中からいただいた品(三つ重ねの杯、タバコ入れ、タモト落し)の写真。 (1)明治4年に始めた「宮中御養蚕事始」に関する資料として下記のものを紹介した。 (2)島村の4人の蚕婦の名前はわかったが、往復の経路が明記された資料は見つからなかった。参考資料を紹介した。 (3)田島武平に関する記述と写真

    「宮中御養蚕」に関する次のものを見たい。(1)明治4年に始めた「宮中ご養蚕事始」に関する資料(2)宮... | レファレンス協同データベース
  • 中世ヨーロッパの書物には、「ブックカース」(Book Curse)という盗難防止のための呪いの言葉が... | レファレンス協同データベース

    中世ヨーロッパの書物には、「ブックカース」(Book Curse)という盗難防止のための呪いの言葉が書かれていたらしい。どのような種類(文例)があるか知りたい。 「ブックカース」という用語は見当たりませんが、中世ヨーロッパの書物に書かれた呪いの言葉が下記資料に紹介されています。 【資料1】『西洋書物学事始め』(高宮利行著 青土社 1993) p.21~36「大破門から蔵書票へ」 特にp.29以降、次のような呪いを込めた書き込みが紹介されています。 「書を盗む者あらば かけ鉤に吊して晒し首にしてやるぞ さもなくば縄で縛り首にしてやるぞ」(英国図書館ハーリー写45番)ほか 【資料2】高宮利行「余白の形態学」(『藝文研究』51号 1987.7)p.13~28 (慶應義塾大学学術情報リポジトリで利用可) http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/x

    中世ヨーロッパの書物には、「ブックカース」(Book Curse)という盗難防止のための呪いの言葉が... | レファレンス協同データベース
  • 初めてユイスマンスを日本に紹介したのは永井荷風か知りたい。 | レファレンス協同データベース

    ユイスマンスと永井荷風について記述した資料を見つけることができなかった。ユイスマンスを紹介したのが上田敏ということを記述した資料と、その紹介した文章が掲載されている資料があり、これを提供した。 備考に追記あり。(2015/02/06) 1 《Googleブックス》を〈ユイスマンス & 紹介〉〈ヒュイスマンス & 紹介〉で検索する。 ユイスマンスを紹介したのが上田敏(号 上田柳村)であるという記述がある資料が複数ヒットした。 『現代日文學大系 12』(筑摩書房 1971) p400上段15行目 「ユイスマンを紹介したのは、ヴェルレーヌと同じく上田敏である(『帝文学』明治28年6月、同30年5月)。」とあり。(「『春鳥集』の遺産」窪田般彌著 p398-407) 『日の象徴詩人』(窪田般彌著 紀伊国屋書店 1979)同上の記述あり。 「『表象派の文學運動』に就いて」 蒲原有明著(『近代文学評

    初めてユイスマンスを日本に紹介したのは永井荷風か知りたい。 | レファレンス協同データベース
  • 「ベロ藍」について調べている。1.どんな色なのか 2.正式名、別名は 3.最初に取り入れたと考えられ... | レファレンス協同データベース

    事例作成日 2008年08月05日 登録日時 2008/10/16 13:18 更新日時 2008/10/16 13:18 1  『色彩用語事典』(東京大学出版会,2003 一般:757.3/シ)では、以下のとおり記載されている。 「江戸時代後期にオランダ経由で輸入され、葛飾北斎や歌川広重など江戸後期の浮世絵師たちに好まれた明るい色調の青い絵の具で、プルシャン・ブルーの当時のよび名。近代に開発された化学技術で新しく人工的につくられた顔料としては、最も古いもの。」 2  名称は上記の通り「プルシャン・ブルー」。また、同資料には以下の記載もあった。 「ベロ藍の名は、ベルリンの藍色からできた名称で一般的には、「ベロ」または「ベルリン・ブルー」ともよばれた。色の幅を表す「濃べろ、花色べろ、石青べろ」の名称が江戸時代の『絵彩色通』(葛飾北斎著、1848年)に見られる。「ベロ藍」は、明治以降の名称と

    「ベロ藍」について調べている。1.どんな色なのか 2.正式名、別名は 3.最初に取り入れたと考えられ... | レファレンス協同データベース
  • 徳川将軍日光社参の際、尾張・紀伊・水戸の御三家は鴻巣まで中山道を通行しているが、関連文献を紹介してほ... | レファレンス協同データベース

    以下の資料を紹介する。 御三家の中山道通行について記述のある資料 『鴻巣市史 通史編2 近世』 「第4章第1節 五街道の成立と鴻巣の道」 p165「二 市域の脇街道」忍館林道と主な通行 忍館林道について「正徳四年(1714)十一月、川面村は忍館林道を通る主な通行、日光社参時の門跡や御三家の供奉通行」の通行報告あり。 p269「天保十四年(1843)の一二代将軍家慶の日光社参に供奉する御三家は、大通行で混雑する日光道中を避けて中山道を北上し、箕田の追分から忍館林道を通って日光へ向かっている。」とあり。 『中山道 歴史の道調査報告書 5』 p16、p18 館林道について「この道は、将軍の日光社参の際、供奉する御三家が将軍が通行する日光御成道と日光道中を避けて、中山道から館林道へ入り日光に向かう際通行している。」とあり。 『埼玉・歴史の道50話』 p89「中山道〈下〉大名通行と大通行 前田家など

    徳川将軍日光社参の際、尾張・紀伊・水戸の御三家は鴻巣まで中山道を通行しているが、関連文献を紹介してほ... | レファレンス協同データベース
  • 江戸後期から近代において埼玉県で養蚕が盛んであり、関連して猫絵というものの存在を知った。猫絵およびそ... | レファレンス協同データベース

    江戸後期から近代において埼玉県で養蚕が盛んであり、関連して絵というものの存在を知った。 絵およびそれ以外にも、が信仰の対象として扱われていた事例を知りたい。 を信仰することについての記述のある下記の資料を紹介する。備考欄に追記あり。(2015/03/18) 埼玉県関係資料 『新編埼玉県史 別編1 民俗1』(埼玉県 1986) p430-433「養蚕信仰」に中に〈養蚕と〉の小見出しあり。「養蚕家がねずみよけ(蚕と繭をねずみがべるため)に苦心し、の絵やお札を使用」とあり。 『新編埼玉県史 別編2 民俗2』(埼玉県 1986) p688 口頭伝承・民間知識の章に〈〉の項あり。 事典類 『日俗信辞典』(鈴木棠三著 角川書店 1982) p442-460「の洗面と晴雨」「と死体、化け」「と俗信俚言」など、俗信を項目、地域別に紹介している。 『民間信仰辞典』(桜井徳太郎編 東

    江戸後期から近代において埼玉県で養蚕が盛んであり、関連して猫絵というものの存在を知った。猫絵およびそ... | レファレンス協同データベース
  • オシラサマなど、岩手県の養蚕に関わる民俗文化について、また宮沢賢治や石川啄木、佐々木喜善の養蚕に関連... | レファレンス協同データベース

    オシラサマなど、岩手県の養蚕に関わる民俗文化について、また宮沢賢治や石川啄木、佐々木喜善の養蚕に関連する事項があればそれも知りたい。 紹介資料は下記の通り。 【養蚕用具など】 『北上山地川井村の山村生産用具コレクション 第2分冊』川井村教育委員会(川井村北上山地民俗資料館)∥出版 2003年 ⇒p85~138「養蚕用具」 養蚕用具の図と解説。 『川井村民俗誌 民具編』川井村文化財調査委員会∥編集 川井村教育委員会∥出版 2000年 ⇒p161~171「養蚕」 養蚕の道具の写真。 『川井村北上山地民俗誌 上巻』川井村文化財調査委員会∥編集 川井村∥出版 2004年 ⇒p453~482「養蚕」 養蚕の歴史、習俗など。オシラサマに関する記述もあり。 『川井村北上山地民俗誌 下巻』川井村文化財調査委員会∥編集 川井村∥出版 2006年 ⇒p1~10「生糸」「真綿」「紬」 養蚕用具の写真など。 『地

    オシラサマなど、岩手県の養蚕に関わる民俗文化について、また宮沢賢治や石川啄木、佐々木喜善の養蚕に関連... | レファレンス協同データベース
  • レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」のメニューが知りたい。 | レファレンス協同データベース

    レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」の卓には、魚料理(オレンジまたはレモンのスライス添え)・オレンジ(またはレモン)・赤ワイン・パンが描かれています。また、魚料理はウナギではないかという説があります。 以下の資料に記述があります。 〇『べる西洋美術史』 宮下規久朗/著 光文社 2007年 〇『LEONARDO最後の晩餐』 ピエトロ・C.マラーニ/著 ニュートンプレス 2000年 〇『ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はなぜ傑作か?』 高階秀爾/著 小学館 2014年 〇『レオナルド・ダ・ヴィンチ復活『最後の晩餐』』 片桐頼継/著 小学館 1999年 〇「朝日新聞」2008年10月25日e5面 日野原重明「ダ・ヴィンチとウナギ」 1.所蔵資料の内容確認 〇『べる西洋美術史』 宮下規久朗/著 光文社 2007年 p20-24 パン・ワインの他、「魚がいくつも盛られた大皿があり、テーブルのあち

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  • コダーイ作曲「ハーリ・ヤーノシュ」を物語にした絵本を見たい。 | レファレンス協同データベース

    NDC 音楽史.各国の音楽 (762 9版) 伝説.民話[昔話] (388 9版) 参考資料 「ハーリ・ヤーノシュ・わが祖国(Alice classic concert-音楽の絵-9」(ひのまどか文 飛鳥童絵 アリス館牧新社 1977) 「ほらふきヤーノシュ:ハンガリー民話より(ワンダーおはなし館 8)」(梶孝文 小松修絵 世界文化社 1993) キーワード ハーリ・ヤーノシュ コダーイ ゾルターン(Kodály Zoltán) 民話-ハンガリー 照会先 寄与者 備考 調査種別 文献紹介 内容種別 質問者区分 個人 登録番号 1000108395 転記用URL https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000108395 コピーしました。

    コダーイ作曲「ハーリ・ヤーノシュ」を物語にした絵本を見たい。 | レファレンス協同データベース
    florentine
    florentine 2012/10/04
    この曲すき
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