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ゲームと読み物に関するgabillのブックマーク (15)

  • 社長の代わりに糸井重里さんが訊く「スーパーマリオ25周年」

    みなさん、こんにちは。任天堂の岩田です。 1985年9月13日、ファミリーコンピュータ向けに 初代の『スーパーマリオブラザーズ』が発売されてから、 今日でちょうど25周年となりました。 世界中のお客様のご支持のおかげで、 最初のスーパーマリオ発売から25年が経過した今も、 マリオは今日もたくさんのゲーム画面の中で、 元気いっぱいジャンプを続けています。 四半世紀に渡り、世界中のお客様にご愛顧いただき、 当にありがとうございます。 任天堂では、「スーパーマリオ25周年」を記念して キャンペーンをさせていただくことにしましたが、 これと並行して、 スーパーマリオの歴史にちなんだ「社長が訊く」を 数回に分けて順次公開させていただく予定です。 当然のことながら、最初に、 スーパーマリオの生みの親である宮との話を みなさんにお届けしようと考えましたが、 これまでの「社長が訊く」において、 宮

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    gabill 2010/09/13
    まるで自分のことをピンポイントで説教してるようだ。心に鋭く突き刺さる。
  • 『MOTHER3』の開発が中止になったことについての糸井重里・岩田聡・宮本茂の座談会

    こどもたちが夕の時間が来たからと帰ってしまったとき、 この秘密基地は、ただの暗闇に溶けこんでしまうんだ。 <ルイージの詩集より>

    『MOTHER3』の開発が中止になったことについての糸井重里・岩田聡・宮本茂の座談会
  • 「ポケモンスナップ」の情報・産地直送! ほぼ日刊イトイ新聞 - 樹の上の秘密基地

    Sponsored by Nintendo. 「ポケモンスナップ」の情報・産地直送! (第5回の6) 「特別座談会・今だから言えること」 〜 ものをつくるとは何か 後編 〜 NEW! クリックして文へ (第5回の5) 「特別座談会・今だから言えること」 〜 ものをつくるとは何か 前編 〜 クリックして文へ (第5回の4) 「結果を出すことが大事だったんです。」 クリックして文へ (第5回の3) 「写真を撮るだけでゲームになりますか?」 クリックして文へ (第5回の2) 「リーダーは、現れず。」 クリックして文へ (第5回の1) 「ジャックの豆の木計画、始動する。」 クリックして文へ 1999-6-20-SUN 閉じる

    「ポケモンスナップ」の情報・産地直送! ほぼ日刊イトイ新聞 - 樹の上の秘密基地
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    gabill 2010/03/25
    失敗プロジェクト事例。でもゲームは面白かった。
  • シミュレーションゲームの巨匠シド・マイヤーが語る、プレイヤー心理の活かしかた - ファミ通.com

    シミュレーションゲームの巨匠シド・マイヤーが語る、プレイヤー心理の活かしかた 【GDC 2010リポート】 2010年3月9日~13日(現地時間)の5日間、アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターにて、ゲームクリエーターによる国際会議、 GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2010が開催。世界中のクリエーターによる講演が多数予定されている。ファミ通.comではその模様を総力リポートする。 開催4日目には『シヴィライゼーション』シリーズを手掛けたシド・マイヤーによる基調講演が行われた。“The Psychology of Game Design(Everything You Know Is Wrong)”と題された講演で、マイヤー氏は冒頭、ゲームプレイは心理的な経験であると定義づけた。かつてはゲームはリアルにすればするほどよいと考えていたが、プレイヤーの頭の中で何が起こって

  • 社長が訊く『New スーパーマリオブラザーズ Wii』 その1

    今日のテーマは 『New スーパーマリオブラザーズ Wii』ですが、 いきなり最新作の話から入るのではなく 『マリオ』のルーツの話から訊いてみたいと思います。 知っている人はもちろん知っている話ですけど 知らない人はぜんぜん知らないと思いますので。

    gabill
    gabill 2009/11/14
    ゲームの教科書。
  • シムシティーの仕組み

    シムシティーを作り始めていちばん最初に考えたのは、街を一種の生き物のように表現できないかってことだった。 僕が街についてどう考えているかはすでに説明したけど、大事なのは街を構成する建物とか道路じゃなくって、そこでどんな活動が行なわれているかってことだと思うんだ。道路を車が走り、電車が動き、人々が動き回り、常に要素が変化し続ける“動きのある”システム。街を表現する方法っていうと誰でも地図を思い浮かべると思うけど、僕は動きがない地図じゃなくって、たとえば飛行機から眺めた街、動きのある世界をディスプレイに表現しようって考えた。それこそが僕の考える街の姿だからね。 それともう一つ考えたことは、プレイヤーに伝える情報をできるだけわかりやすく、それも“面白い”って思えるような形で表現しようってことだった。シミュレーション・ソフトっていうとたいてい数値や図表がたくさん出てくるけれど、数字が並んでいるのを

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    gabill 2009/04/19
    なんかGoogleっぽい。そんな気がする。
  • 【後藤弘茂のWeekly海外ニュース】 絶好調に見える任天堂が警戒する「任天堂ショック」の可能性

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    gabill 2009/04/16
    嵐の前の静けさなんじゃないかと思うくらい、最近ソフトが枯渇してる。
  • 堀江貴文『[桃鉄] 青いカード売却スキーム』

    堀江貴文オフィシャルブログ「六木で働いていた元社長のアメブロ」 一般的には、ホリエモンとか堀江とか呼ばれています。コメントはリアルタイムには反映されません。私にコンタクトを取りたいときは、info@takapon-jp.comへメールでご相談ください。 そういえば、最近桃鉄(桃太郎電鉄)やってないなーとか考えていたら、ふと昔のことを思い出した。桃鉄最初にやったのは、PCエンジン版の頃だったのだけど、コントローラ4つ付けて友達とよく遊んでいた。その頃は牧歌的だったのだが、東大に入ってからは一変した。頭のよい?ずるがしこい?ともかくゲーム作成者の裏を欠くのがうまい人たちが沢山集まってきていた。 そう、かの有名な(?)青いカード売却スキームが発明されたからだ。桃鉄は資主義の仕組みを勉強するには最適のゲームである。物件を買ってその資産額を増やし、配当からの利益を再投資する。子供の頃はなんで高い

    堀江貴文『[桃鉄] 青いカード売却スキーム』
  • れとろげーむまにあ: 高橋名人インタビュー「16連射&裏技の真相」について

    2009年02月(2) 2009年01月(9) 2008年12月(3) 2008年11月(6) 2008年10月(6) 2008年09月(5) 2008年08月(6) 2008年07月(7) 2008年06月(5) 2008年05月(4) 2008年04月(7) 2008年03月(5) 2008年02月(5) 2008年01月(3) 2007年12月(5) 2007年11月(9) 2007年10月(4) 2007年09月(9) 2007年08月(1) 2007年07月(5) 今回は高橋名人について。 レトロゲームのことを書いている以上、高橋名人は避けては通れない人物でありヒーローです。だいたいのことはウィキペディアに載っているんだけど、載っていない部分を重点的に調べてみた。 資料は2003年コンテニューVol11「プロレスゲーム大全」より抜粋。この

  • ファンタシースターZEROとデジタルの悲しみ - 失踪外人ルー&シー

    DSのWi-Fiコネクションは子供たちを危険から守るためにコミュニケーションの機能がとことんまで削ぎ落とされているケースが多いのだが、オンラインRPGであるファンタシースターZEROで使用できる語彙が19種類の定型文のみ(ランダムマッチングの場合)と聞いた時には「あー、これはたのしみ(デジタルの悲しみの略)だなー」と思った。プレイする前から鼻腔をくすぐる悲しみの匂い。 で、昨日のプレイが楽しかった。良いデジタルだった。ランダムでマッチングした3人での冒険開始直後、一人が「シティへもどります(定型文)」と言ってテレパイプ(テレポートアイテム)で街へと帰っていた。おそらく前の冒険で得たアイテムを処分し忘れて持ち物欄がいっぱいだったとか、回復アイテムを購入し忘れただとかだと思うんだけど、なにせ「シティへ戻ります」だけなので詳しい事情はわからない。この辺でかなり悲しみの匂いが漂いだした。けっこうな

    ファンタシースターZEROとデジタルの悲しみ - 失踪外人ルー&シー
  • ほぼ日刊イトイ新聞-糸井重里の脱線WEB革命

    第22回 コンピュータは怖くなかった。 二度ほど臨時の原稿を書いてしまったので、 第18回の続きが唐突に出てくることになってしまった。 前回は、コンピュータのことを、 やや斜めに見ていたぼくの前に、 「HAL研究所」の岩田さんが登場した というところまでだった。 「MOTHER2」というゲームづくりが 行き詰まっている所に、岩田さんの登場は、 まるでスーパーヒーローのようだった。 いまではしょっちゅう会っている人なので、 いまさら彼をほめたりするのは難しいのだが、 ぼくの「脱線web革命」を語るためにはしかたがないのだ。 「MOTHER2」は、岩田さんの「見積もりどおり」に、 ドタバタしながらも完成した。 期待や不安を、おろおろしながら語り合うよりも、 「いまある現実」を、正確に把握して、 次にやるべきことを、ひとつづつ積み上げていく。 この当たり前のシステムを、 実際に組み上げて確実に実

    gabill
    gabill 2009/01/10
    良く見たら10年前の記事か・・・。今の岩田社長を見て凄い凄いと褒めるのは簡単だけど、このころから猛烈プッシュしてたとは。
  • 2008-10-17

    http://d.hatena.ne.jp/baddy/20081015#p1 http://www.famitsu.com/game/coming/1218279_1407.html はてなブックマーク - セントラルパークに封印された謎を解明しよう『アローン・イン・ザ・ダーク』 - ファミ通.com http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.famitsu.com/game/coming/1218279_1407.html しかし、このキャプチャ画面からは「机が燃える」という事くらいしかわからんな。 http://goten.jp/archives/2008/10/081017.php 電脳御殿 | PSP版『トロ・ステーション』雑感 http://goten.jp/archives/2008/10/2_2.php http://blog.lived

    2008-10-17
  • 『TGS2008スペシャル』 任天堂「ファミコン」はこうして生まれた - 日経トレンディネット

    現在のテレビゲームを世界中の家庭に浸透させ、産業としても巨大なマーケットを作り上げた立役者は、まぎれもなく任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」だ。 任天堂の技術者がどのような考え方で、この恐るべき家庭用テレビゲーム機を開発したのか? 1983年のファミコン発売に至るまでの開発物語を、「東京ゲームショウ2008(TGS2008)」の開催を記念してここに掲載する。

    『TGS2008スペシャル』 任天堂「ファミコン」はこうして生まれた - 日経トレンディネット
  • 【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた:第1回】 テレビ・ゲーム黎明期からマイコン搭載機登場まで - 日経トレンディネット

    任天堂の技術者がどのような考え方で家庭用テレビゲーム機を開発してきたか。1983年の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」発売に至る開発ストーリを不定期に連載する。第1回は、テレビゲームが米国で産声を上げた1960年代からマイクロプロセサを搭載したゲーム機が登場した1970年代半ばまでを追う。1975年末ころ、米General Instrument(GI)社がテレビゲーム専用LSIの外販を始め、米国では年間300万台の市場が生まれた。 RISCチップを搭載し、3次元グラフィックス機能を強化した次世代テレビゲーム機の開発に拍車がかっている。松下電器産業やソニーといった大手家電メーカの参入が相次ぎ、第2の任天堂を目指す競争が激化してきた。こうした流れの根底には、「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」のような成功を収めたいという参入メーカの願望があろう。 では、1983年に任天堂はど

    【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた:第1回】 テレビ・ゲーム黎明期からマイコン搭載機登場まで - 日経トレンディネット
  • 世界で最も有名なゲームキャラの名前の元ネタになった人物: Runner's High!

    ○Mario Segali (from IGN Stars) 〈ドンキーコング〉のボードの大量生産に入る前に、NOAはゲームの冒頭に出るストーリー案内を英語で作る作業にとりかかった。(中略) そして次に、赤い帽子をかぶった小ぶとりの大工を何と呼ぶかについて協議しているとき、ドアでノックの音がした。 荒川*注がそれに応えた。ドアの外に立っていたのは倉庫のオーナーだった。彼はスタッフ一同の前で、家賃の払いが遅れているといって荒川を怒鳴りつけた。荒川は狼狽し、すぐ納めますからと約束してオーナーにお帰り願った。 そのオーナーの名前はマリオ・セガリだった。“マリオ”でいこうと全会一致で決まった。“スーパーマリオ”だ。 *当時、ニンテンドー・オブ・アメリカの社長であった荒川實氏のこと ■出典 「ゲーム・オーバー」 デヴィッド・シェフ 角川書店(1993年) マリオ・セガリ(Mario Segali )

    世界で最も有名なゲームキャラの名前の元ネタになった人物: Runner's High!
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