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思想に関するgohshiのブックマーク (145)

  • オルタナ右翼の源流ニック・ランドと新反動主義 - Mal d’archive

    イギリスの哲学者ニック・ランド(Nick Land)は、2012年、ネット上に「暗黒啓蒙(The Dark Enlightenment)」*1というテキストを発表し、新反動主義(Neoreaction:NRx )の主要人物の一人になった。詳しくは後述するが、この新反動主義のエッセンスがオルタナ右翼の中にも流れ込んでいるとされている。そのもっとも直截な例は、オルタナ右翼系メディア『ブライトバート』(Breitbart)の元会長であり、またドナルド・トランプの元側近でもあるスティーブ・バノンで、彼は「暗黒啓蒙」のファンであったことを公言している*2。 ■ニック・ランドの思想 ニック・ランドは、もともと大陸哲学とフランス現代思想の研究からスタートしており、初期にはジョルジュ・バタイユに関する著書もあるが、90年代中頃になると、のちに「加速主義(accelerationism)」と呼ばれることにな

    オルタナ右翼の源流ニック・ランドと新反動主義 - Mal d’archive
  • 右翼と左翼をわけるもの - やしお

    右派(保守)と左派(リベラル)って分かれ方はどうして生まれるんだろう、とむかしから漠然とふしぎに思っていた。それは「自分が今こうなのはたまたまだ」と感じている度合いがパラメーターになっている結果なんじゃないか、その視点で見ると割とすっきり理解できるのかもしれないと思った。 内外で分ける保守、上下で分けるリベラル 以前リツイートで見かけた、「保守は内外の内側、リベラルは上下の下側を重視する」という話が分かりやすかった。 ※「@hellohellock」さんの当該ツイートのリンク→https://twitter.com/hellohellock/status/760460909630193665 保守が、道徳・価値観の面で伝統を重視したり「強い日を取り戻す」や「美しい日」と言うのも、外交・軍事面で他国とちゃんと対峙できるようにしよう(領土とか軍備とか)というのも、内外で分けた内側、自分が住

    右翼と左翼をわけるもの - やしお
  • ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について - 望月優大のブログ

    先日のアメリカ大統領選でドナルド・トランプが勝利したという出来事について、アメリカにおける人種・エスニシティの問題、そして移民問題という視点から振り返ってみたいと思います。 そうするのは、それらの問題がこの選挙において最も根的であると私が考えているからであり、ジェンダーや所得、居住地域など、他にもありうる幾つかの視点の一つという位置付けではありません。最も根的な意味で、この選挙において重要だったのは人種・エスニシティであり、移民の問題であったと私は考えています。 この記事では以下の順序で話を進めていければと思います。 誰がトランプに投票したのか? 白人の民主党離れとクリントンが勝てなかった理由 ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について 少し長くなりますが、お付き合いいただけたら嬉しく思います。 1. 誰がトランプに投票したのか? トランプ勝利のニュースの後、色々な人たちがトラン

    ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について - 望月優大のブログ
  • 『倒錯の偶像』と思想家がもたらす女性蔑視 - 烏蛇ノート

    墨東公安委員会氏の記事に対して言及した前回の記事に対して、墨東公安委員会氏から次のようなお返事をいただきました。 さて、烏蛇さんのご指摘は、小生が「『萌え』文化質はミソジニーである」という主張をしており、それは飛躍である、ということかと思います。しかし正直なところ、これは小生としてはいささか意ではないのであり、弁解させていただければと思います。 先の記事に寄せられた数多くの言葉を読みながら、小生が喉元まで出かかっていて、でも「それをいっちゃあオシマイよ」と抑えていた言葉があります。それは 「『倒錯の偶像』読んでから来い」 です(苦笑)。 (中略) 小生が「萌え」表象の日社会への浸透に、社会におけるミソジニーの瀰漫(これの一展開が「日会議」の成長と影響力の増大です)を読み取ったのは、ダイクストラ『倒錯の偶像』が19世紀西洋を舞台として描いた構図を、21世紀の日にも応用できるのでは

    『倒錯の偶像』と思想家がもたらす女性蔑視 - 烏蛇ノート
  • 新反動主義のおもしろさ

    このところneoreactionismに興味を持っている。ネオリベラリズムは新自由主義、ネオコンサバティズムは新保守主義と訳されるので、ネオリアクショニズムは新反動主義とでも訳すべきか。略してNRxと書かれることもある。 最近、新反動主義を含むこの種のネトウヨ的思想がアメリカで流行り始めているようで、まとめてAlt-right(オルタナロックならぬオルタナ右翼とでも称すべきか)と称するのだが、この関係の人脈が米共和党の大統領候補になったドナルド・トランプの陣営にまで潜り込んでいる。そのせいもあり、トランプやヒラリー・クリントンの演説でもAlt-rightが大まじめに語られるようになった。少し前まではごく少数の変人だけが興味を持つフリンジ(異端)に過ぎなかったのが、メインストリームのメディアにも取り上げられるようになったわけで、これは大出世と言えよう。率直に言えば、ポリティカル・コレクトネス

    新反動主義のおもしろさ
  • ル・モンド・ディプロマティーク日本語版 - ル・モンド・ディプロマティークで世界を読む

    イスラエルの親友、ジョー・バイデン大統領はネタニヤフ首相への影響力を見誤っているだけでなく、米国の大多数の世論をも読み間違えている。イスラエルのユダヤ人が右傾化を強める一方で、ユダヤ系アメリカ人は左傾化を進めているのだ。その結果、米国の親イスラエルロビーはユダヤ人よりも福音派キリスト教徒 (...) →

  • “選挙に強い泡沫候補”はすべて計算ずくのことである

    私が(普通の意味で)選挙に出たのは05年から08年にかけての計4回だけで、したがって直近のものでもすでに7年前のことになる。一番よく知られているであろう東京都知事選への出馬は07年4月である(他の3回は05年11月の鹿児島県霧島市議選、件の都知事選を前半戦とした07年統一地方選の後半戦・熊市議選、08年4月の鹿児島市議選)。 都知事選の政見放送で私は、選挙での社会変革の可能性を全否定し、はっきりそうは云わなかったがおそらくはきっと何か物騒な手段での「政府転覆」を呼びかけて、一躍“著名な泡沫候補”の仲間入りをしたわけだが、“泡沫候補”呼ばわりされること自体に特に異議はない。 もっともマスコミも含め世間一般のその線引きは非常に恣意的ではある。とくに奇矯な印象でもない無名の地味なオッサンたちも泡沫候補扱いされるから、キャラで峻別されているわけでもあるまい。絶対に当選するはずがないのになぜか立候

    “選挙に強い泡沫候補”はすべて計算ずくのことである
  • もののまぎれ - Wikipedia

    もののまぎれは、『源氏物語』に記された3つの事件で起こった事象を言い、中でも藤壺事件に伴う事象を言う[1]。『源氏物語』において重要な概念とされ、時に「主題である」とされることもある語である。 藤壺事件 光源氏が義母である藤壺と密通し、その結果表向きには桐壺帝の子であるが実は光源氏の子である皇子が生まれ、その皇子が冷泉帝として即位し、冷泉帝が自身の出生の秘密を知ったことにより実父である光源氏に譲位しようとしたが叶わずその代わりに光源氏を太上天皇に准ずる待遇(准太上天皇)にした。 女三宮事件 柏木が光源氏の正である女三宮と密通し、その結果表向きは光源氏の子であるが実は柏木の子である薫が生まれた。 浮舟事件 浮舟が薫だと思って匂宮を迎え入れてしまった。 国語的・辞書的な意味での「もののまぎれ」[編集] 「もののまぎれ」という語は、国語的・辞書的な意味では 物事の忙しさなどにとりまぎれること(

  • 4年間のインタビューに見るGのレコンギスタの「夢とロマン」に関する富野監督発言の変遷分析 - 玖足手帖-アニメブログ-

    昨日からドコモのdアニメストアで配信が始まった富野監督最新作の「Gレコ」、みなさんもご覧になったかと思う。 月額400円くらい払えば富野監督のアニメがスマートフォンやパソコンでいつでも世界中で見られるという電脳世界の恩恵である。 https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000458 世の中が進歩したな、と思う配信形態である。だが、富野監督は文明の発展には疑問符を投げかけているし、作品でもそれをテーマにするということ。 先日、日経エンタテインメント9月号の「ガンダム Gのレコンギスタ」に関する富野由悠季監督のかなり最新に近いインタビューを読んで、驚愕した。 富野:「G-レコ」では、科学技術の進歩を禁止しているのですが、それは夢やロマン、希望がないということなんです。そのとき人はどうするのかが物語の着地点のひとつ。 例えば、現実社会はこの1000年

    4年間のインタビューに見るGのレコンギスタの「夢とロマン」に関する富野監督発言の変遷分析 - 玖足手帖-アニメブログ-
  • フランス自由主義の両義的位置――三浦信孝編『自由論の討議空間』 - on the ground

    三浦信孝編『自由論の討議空間――フランス・リベラリズムの系譜』勁草書房、2010年 「フランス自由主義」なる言葉遣いは,聞く人を怪訝にさせるかもしれない.まるでそれは語義矛盾であるかのように,「フランス」と「自由主義」が寄り添って私たちの会話の中に座るのは稀な出来事である.「ドイツ」「ロシア」「日」といった語との距離はそれ自体として測られる必要があるとしても,「自由主義」はいつも「イギリス」と,あるいはやや違った相貌を備えた“Liberalism”として,「アメリカ」の語と同席してきた.対して,「フランス」の語には「自由主義/Liberalism」よりも,「民主主義」や「共和主義」が結び付けられることが常であった. 「フランス・リベラリズムの系譜」を副題に持つ書は,このように祝福されてこなかった交際について,その馴れ初めと道程を,個々の思想家に即して語ろうとする営みの収穫である(200

    フランス自由主義の両義的位置――三浦信孝編『自由論の討議空間』 - on the ground
  • お探しのページが見つかりません|関西大学東西学術研究所

    誠に申し訳ございませんがお探しのページが見つかりません。 お探しのページは一時的にアクセスできない状況にあるか、 2014年のサイトリニューアルに伴い移動もしくは削除された可能性があります。 関西大学東西学術研究所トップページまたは、ナビゲーションボタンからサイトをご覧ください。 関西大学東西学術研究所トップページ

  • エピソード - 視点・論点

    ことし6月に成立した子ども・子育て支援法などの改正法。長年にわたって子育て家庭の支援を行ってきたNPOの目線で、今の社会に必要な支援とは何かを考えます。

    エピソード - 視点・論点
    gohshi
    gohshi 2014/06/28
    "「底知れない程度の低さ、どぶからうまれでた何か、およそ深さなどまったくない何か」が、ほとんどすべての人びとを支配する力を獲得する。それこそが、全体主義のおそるべき性質である"
  • 「3Dプリンター銃」、本当に怖いのは、実物以上に(アメリカの)開発者の”思想”だ…昨年の記事を再掲載。 - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

    http://www.asahi.com/articles/ASG582W74G58ULOB002.html 3D(3次元)プリンターで自作した銃2丁を所持していたとして、神奈川、兵庫の両県警は8日、湘南工科大職員の居村(いむら)佳知容疑者(27)=川崎市高津区=を銃刀法違反の疑いで逮捕し、発表した。居村容疑者は「警察が銃と認めたのであれば仕方がない」などと話し、容疑を認めているという。 神奈川県警の説明では、3Dプリンター製の銃の摘発は全国で初めて。 (略) 居村容疑者は、自作した銃を撃つ様子や設計図をインターネットの動画サイトに投稿。「銃を持つ権利は基的人権だ」などと書き込んでいた。県警は1月、この動画を見つけ、捜査を進めていたという。 ついに来たか。 ここで昨年5月19日の記事を再掲載したい。リンク貼ればいいだけかもしれんが、やっぱり読んでもらいたいので。 自分は3Dプリンターで銃

    「3Dプリンター銃」、本当に怖いのは、実物以上に(アメリカの)開発者の”思想”だ…昨年の記事を再掲載。 - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
  • 「一般意志」(メモ) - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20120306/1331001376 http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20120308/p1 ジャン・ジャック・ルソーの「一般意志(volonté générale)」の意味が問題になっているようだ。そこで、『社会契約論』第2編第3章「一般意志は誤ることがありうるか(Si la volonté générale peut errer)」の井上幸治訳(中公文庫)と仏語原文*1を見てみた。曰く、 全体意志と一般意志には、しばしば多くの差異がある、一般意志は共同利益にしか注意しないが、全体意志は私的利益を注意するもので、特殊意志の総和にすぎない。しかし、この特殊意志から、相殺される過剰の面と不足の面を除去すれば、一般意志がその差の合計として残るのである。(p.41)ルソーの謂う「一般意志」って

    「一般意志」(メモ) - Living, Loving, Thinking, Again
  • 人種理論の系譜学(もしくは思想史)的考察の必要性

    タト @Leethoo_Tat とりあえず一段落ついた。>生の哲学の思想史まとめ ナチスの人種理論へとつながっていく思想史。ロマン主義→ヘーゲル→ディルタイ ロマン主義→ショーペンハウアー→ニーチェ それらとベルクソンの「エラン・ヴィタール」の哲学の合流→ナチスの人種理論てな流れ。 2011-07-29 04:05:25

    人種理論の系譜学(もしくは思想史)的考察の必要性
  • ポパーの科学哲学 ― 誤解を種にして

    ポパーの科学哲学 ― 誤解を種にして 『パリティ』1998年6月号,p. 4-8 小河原 誠 カール・ライモンド・ポパー( Karl Raimund Popper, 1902-1994)が今世紀を代表する偉大な哲学者の一人であることは間違いないが、その哲学はずいぶんと誤解されてきたし、また現在でも依然として誤解されているように思われる。 少しばかり古い話になるが、たとえば、彼の哲学が日で紹介され始めたころ、彼は、一部の論者によって、言明の有意味性の基準として、検証可能性の基準に代えて反証可能性の規準を唱えた異端者として紹介されていた。彼は、異端的な説を唱えているものの、基的には論理実証主義者の仲間であり、言明の有意味性を問題にした哲学者であったというわけである。 しかし、この種の誤解は今日ではほぼ消えたと言ってよいであろう。むしろ、今日では、話題性のあるところから拾えば、フラ

  • 東浩紀氏のポストモダン・哲学史理解について - さだまさとの日記

    忙しさにかまけて、日記をかなり放置していたのですが、「どの口がそれを……PartII(追記あり)」(http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20100903/p1)というエントリに付けたブックマーク、 「東氏が「カンニングは許せん」と言えても、「カンニングをツイッターで告白するのはおかしい」と言うのは自己矛盾になるということ。ポモ系リベラルとは、まことにハードな立場ですなぁ…。」(http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20100903/p1) に関する補足をここで書いておきます。 ポストモダンについて 同じ記事のブックマーク内でid:y_arimさんが、 ポストモダニストが責任を問うなど笑止千万、ということか。『逆境ナイン』に曰く「それはそれ‼ これはこれ‼」とのことだが…… と

    東浩紀氏のポストモダン・哲学史理解について - さだまさとの日記
  • まどかー、もどってこーい。 - あままこのブログ

    魔法少女まどか☆マギカという作品を見た。 概ね、ネットでは「大好評」と言っていいと思う。重度のウヨサヨ脳の僕が見ても、右はヘイトスピーチでもって反中感情を煽る民主党区議会議員から(「魔法少女まどか☆マギカ」お薦めです。 田中けんWeb事務所)、左ははてなダイアリーでも有名な「サヨク」であるid:hokusyu氏まで(約束された救済――『魔法少女まどか☆マギカ』奪還論 - 過ぎ去ろうとしない過去、まどかの救済――あるいは背中のまがったこびとの話 - 過ぎ去ろうとしない過去)、軒並み絶賛しているのだから。みんな、まどかやほむらを賞賛している。彼女らこそが魔法少女を救った神、または英雄であると。 しかし、僕はこの波に乗れなかった。まぁ、世間の波に乗れないこと自体はそんなに大した事ではない。僕は天邪鬼だから。でも、そういう感情っていうのはアニメを見たあと時間が経つと消え去るものなのだけれど、今回は

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  • サルコジとマオイスト(メモ) - Living, Loving, Thinking, Again

    東日大地震で色々なことが目立たなくなってしまったが、そのひとつは中東、特にリビアの情勢*1だろう。地震のどさくさに紛れてなのかどうかは知らないが、英・仏・米軍がリビアへの空爆を開始した。 さて、それを巡って、飛田正夫「サルコジ仏大統領の「リビアのカダフィ空爆」の賭けに、フランスや欧州の運命が危惧」は以下のように述べている; サルコジ仏大統領は10日、リビアで蜂起する反カダフィのベンガジ政府をリビアの正式な代表に承認した。11日の欧州議会ではリビアへの空爆を提案するらしい。 この大統領官邸エリゼ宮殿の独走に対して、新任のアラン・ジュッペ防衛相だけでなく欧州諸国もみんなが唖然としていると、フランスの左翼系新聞「リベラション紙」の元編集長ローラン・ジョフラン氏がヌーベル オブセルバトワー誌に移った後釜に最近に就任したばかりのニコラ・デモラン氏は語っているという。 フランスの各紙は、2007年に

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  • 道具と装置など - Living, Loving, Thinking, Again

    承前*1 http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20101123/1290526669 先ず、「道具主義」的な国家観と「装置」云々とは取り敢えず切り離すべきだろう。詳しく例証することはできないのだけれど、「道具主義」的な国家観は、19世紀の知識人の間では、自由主義者・社会主義者を問わず、広く共有されていたといえるだろう。自由主義者の夜警国家にせよ、支配階級の道具云々という社会主義者の国家観にせよ、「道具主義」的であることには変わらない。たしか今村仁司氏*2が、レーニンはやはり19世紀的知識人で、だからその他の自由主義者や社会主義者とともに〈国家〉ということについて少々甘く見ていた、だから〈国家〉の重要さに気づいていた20世紀人のスターリンなんかに革命を乗っ取られることになった云々と昔語っていたような気がする。国家観が複雑になるのは、やはり20世紀になって

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