雑誌『現代思想』の12月臨時増刊号「戦後民衆精神史」に収められた入江公康の論考「詩を撒く」は、1952年当時に発行されていた労働運動系の詩誌『石ツブテ』をめぐって書かれたものである。 その論のなかに、次のような記述がある。 二号の巻頭詩は「民族の血は怒る」で始まっている。「民族」といい「民族解放」といい、今となっては"古めかしい"カテゴリーにみえるのかもしれない。だが半植民地的従属というポジションこそが日本が置かれた占領の状態であり、一九四九年には、中華人民共和国が成立し、その翌年、朝鮮戦争という、アジア解放の契機を奪わんとする戦争が、日本全土を基地としつつすすめられていた。(p126) この時代の日本の左翼勢力における「民族」や「民族解放」という言葉の欺瞞性については、すでに多くの批判がなされていると思うが、念のためにぼくも少し付け加えておく。 端的に言って、上の文のなかに「半植民地的従