広島は13日、左手首を骨折した前田智徳外野手(41)をモデルにしたイラストのTシャツと、入場券をセットにした「前田智徳I’ll be back(アイル・ビー・バック)セット」を、14日から発売すると発表した。 前田智は4月23日のヤクルト戦(神宮)で死球を受け、左手首(尺骨)を骨折。チームを離れる際には、野村監督に「長い間、お世話になりました」と冗談めかしてあいさつした。6月14日には42歳になる。年齢を考えても、本人のモチベーションの低下が心配なところだ。 「I’ll be back」とは、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画「ターミネーター」の決めぜりふ。球団関係者は「前田智徳選手が戻ってくることをファンの方々に知ってもらいたい、ということで作ったセット」と説明。球団首脳は「故障してからユニホームとかの売り上げが伸びている。みんな引退すると思っているのではないか。そうじゃない
経営合理化を理由に3月末で廃部となるエスビー食品陸上部の受け入れ先がソーシャルゲーム(交流ゲーム)大手ディー・エヌ・エー(DeNA)に決まったことが7日、関係者の話で分かった。今週中に発表される。 エスビー食品には男子マラソンの元エースでスポーツ推進局長を務める瀬古利彦氏(56)らスタッフ6人、2008年北京五輪長距離代表の竹沢健介選手(26)や上野裕一郎選手(27)ら選手6人の計12人が所属しており、全員が移籍する。 DeNAは11年にTBSホールディングスから横浜ベイスターズを買収し、プロ野球に参入。元巨人の中畑清氏を「横浜DeNAベイスターズ」の初代監督に迎えた12年は最下位に終わったが、新たに陸上界にも進出することになる。 エスビー食品は1954年に創部。80年代には中村清監督(故人)の下で大学の有力選手が続々と加入し、瀬古氏をはじめ多くの五輪選手を輩出した。 [ 共同通信
「日本人かい? オシムに会いに来たのかね?」 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで、おとぎ話の中に迷い込んだかのような錯覚に陥った。その美しい旧市街で笑顔とともに話しかけてきたのは、土産物屋の老婦人だった。この国における日本との最大のつながりは、サッカーである。自分たちの英雄が代表チームを率いた国から旅人が来たなら、声をかけたくなるのも当然だろう。イビチャ・オシムの存在は、今もボスニアの人々の誇りであるようだ。 日本を離れて3年が経った。だが、オシム氏の思いは、今も日本サッカーとともにある。今秋、その名伯楽にサラエボで話をうかがう機会を得た。 部屋に入ってきたオシム氏の手に、離日前には握られていた杖はなかった。190センチを越える長身が、ゆっくりとではあるが確かな足取りで部屋へと入ってきた。イスに腰を下ろすとまず、近くにあった2006年のヤマザキナビスコカップ決勝のプログラムに手
夕暮れ時の神宮球場に鳴り響くギターリフ。その軽快なサウンドに促されるように、背番号3がゆっくりとバッターボックスに向かう。空には薄明かりが残り、まだどことなく柔らかい空気の中で流れるドゥービー・ブラザーズの『ロング・トレイン・ランニング』を聞くのが、密かな愉(たの)しみだった。 福地寿樹(ふくち・かずき)が自身の登場曲として1970年代の全米トップ10ヒットをセレクトしたのは、12年間在籍した広島を離れ、西武へ移籍してからのことだった。新しく本拠地となったインボイスSEIBUドーム(現西武ドーム)の景色に合う曲は何か、と考えて選んだという『ロング・トレイン・ランニング』は、2008年に東京ヤクルトの一員となってからも登場曲として引き継がれ、神宮の杜(もり)を舞台に福地の車輪はフル回転した。 この年、5年連続盗塁王の実績を持つ赤星憲広(当時阪神)との苛烈な争いを制し、42盗塁で初のタイト
古巣リールセを無得点に抑えた川島。試合中にはリールセサポーターからチャントを贈られる場面も【写真は共同】 11月23日、スタンダール・リエージュはホームでリールセを3−0と下した。これで順位は9位から、暫定ながら5位へ。ロン・ヤンス前監督が最後に指揮を執った10月21日のベルゲン戦(1−3)時の12位からグッと上がってきた。 立ち上がりからスタンダールが長短のパス、ワンツー、縦への鋭い突破など多彩な攻めを交えてリールセを圧倒した。開始3分には早くもFWバチュアイがゴール前でフリーのチャンスを迎えた。 先制ゴールはセットプレーから。21分、ムポクのCKをエゼキールがヘッドで合わせた。続く2ゴールは共にカウンターから、ムポクとエゼキールが決めた。 2点目のゴールは、スタンダールの今季の短所と、現時点における長所が出たものだった。 短所とは集中力を欠いたイージーミス。このゴールが生まれる前
地区シリーズ第2戦の1回、アウトのタイミングも捕手のタッチを2度に渡りかわして生還したイチロー。ESPNニューヨーク.comは「世紀のスライディング」と評した【Getty Images】 現地10月8日(日本時間9日)に行われたヤンキース対オリオールズのアメリカン・リーグ地区シリーズ第2戦は、イチローが演出した魔法のようなプレーから始まった。 初回2死一塁からロビンソン・カノが右翼線に二塁打を放つと、一塁走者だったイチローが一気にホームを狙って激走。タイミングは完全にアウトだったが、背番号31は忍者のように身軽にマット・ウィータース捕手のタッチを2度に渡ってかいくぐる。鮮やかなボディーコントロールでホームベースに到達し、ヤンキースに先制点をもたらしたのである。 「ああいうタイミングになることは分かっていたので、(ホームインする)可能性を出すにはどうしたら良いか考えた。スピードをそのまま
ブルガリアに新天地を求めた松井。「やっとサッカーができる」と入団決定の喜びを語り、早速公式戦デビューも果たした【写真は共同】 ブルガリアのスラビア・ソフィアに加入した松井大輔が9月23日、ホームでの対ロコモティフ・ソフィア戦で、新天地での公式デビューを果たした。現地に渡ってわずか10日のぶっつけ本番。公式戦のピッチに立つのは、昨年10月の故障以来ほぼ1年ぶりである。それで2−0の勝利のみならず、イエローカードまでちゃっかりちょうだいするとは、さすがフランス仕込み、といったところか。 ちなみに1926年を皮切りに8回の国内優勝歴を誇るスラビアは、現在のリーグ形式になってからは96年に優勝を遂げているが、ここ最近はブルガリアAリーグの中堅に位置しているクラブ。今季は6節終了時点で3位につけ、なかなかの好調ぶりを見せている。ソフィアといえば数年前にチャンピオンズリーグ(CL)本戦に出ていたレフ
旧ユーゴスラビアのセルビアは「球技の王国」としてつとに有名である。現名古屋グランパス監督のドラガン・ストイコビッチが、偉大なフットボーラーであったことは、日本のサッカーファンなら誰もが知るところであろう。この国は、これまで何人もの世界的な選手を輩出してきたが、それは決してサッカーに限った話ではない。バスケットボール、バレーボール、ハンドボール、水球、テニス、などなど。この国のアスリートは、とりわけ球技において天才的な能力を発揮する。以前、セルビア人の友人に「なぜ君たちは、そんなに球技が得意なのか?」と質問したところ、彼は一言「血だ」と答えた。それくらい、かの国の人々にとって球技を楽しむことは呼吸をするがごとく自明となっている。 では、日本の国民的スポーツである野球はどうか? ヨーロッパの野球大国であるイタリアやオランダほどではないにせよ、実はセルビアでも野球はマイナースポーツとして行われ
ピッチ内外でリーダーへと成長したメッシ。7日のパラグアイ戦でもFKでゴールを挙げた【写真:ロイター/アフロ】 クリスティアーノ・ロナウドの悲しみどころではない。彼には無数のマイクとテレビカメラ、そして数え切れないほどのシャツにサインする作業が待っているのだ。毎度母国に降り立つたび混沌(こんとん)とした状況に身を置くことを知っていながら、いつしかメッシはアルゼンチン代表の一員として帰国することにストレスを感じなくなった。彼が代表チームで幸せに過ごす様子は、ピッチ上のプレーにも見て取れる。 プライベートな面でもチームの戦術的にも、メッシにとってアルゼンチン代表で過ごす時間はもはや苦痛ではなくなった。アレハンドロ・サベージャ監督が指揮した11試合で11ゴールを挙げているのは偶然ではない。先週金曜日(7日)には、ホームで過去39年間にわたって一度も勝てていなかった難敵パラグアイを迎えたワールドカ
ジャイアントキリングはなぜ起きた?=天皇杯漫遊記2012 (1/2) 2回戦 FC東京 0−1 横河武蔵野FC 先週からスタートした天皇杯は、この週末(9月8日・9日)から2回戦に突入。8日はU−20女子ワールドカップ(W杯)の取材があり、時おりツイッターのタイムラインを確認するだけであったが、各会場での波乱が気になって仕方がなかった。 J1のヴィッセル神戸がSAGAWA SHIGA FCに1−2、コンサドーレ札幌がAC長野パルセイロに1−1からのPK戦で敗れ、さらにJ2のヴァンフォーレ甲府も0−0のまま120分で決着がつかずにPK戦の末に敗退した。ここまでは、カテゴリーが2つ下のチームによるアップセットであった。だが、今季のJ1で優勝戦線に絡んでいるサンフレッチェ広島が、四国リーグ(つまり3つ下のカテゴリー)のFC今治に1−2で競り負けたのにはさすがに驚いた。J1クラブが地域リーグに敗
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