終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。 【第十八話】「すぐに謝る男の人、あんまり好きじゃない」 年が明けてしまった。 子供の頃は家が貧乏だったこともあって、非常に質素なお正月を過ごしていた。独楽も羽子板も凧揚げもしない。初詣は近所の古びた小さな神社で手短かに済ますだけ。豪華なおせち料理を食べたことなどない。唯一の楽しみは、町内の餅つき大会で配られる無料のお餅をごっそり持ち帰って、お椀からこぼれ落ちるぐらいにお餅を何個も入れたメガお雑煮を祖母に作ってもらうことだった。気難しい性格をしている親父が親戚一同から総スカンを食らっていたので、わざわざお正月に訪ねてくるような親族はいなかった。家族だけで過ごす静か