良い道具が好きだ。例えはカメラ、ゴルフクラブ、機械式時計、万年筆、ロードバイクなどなど枚挙にいとまがない。だいたい硬くて黒光りする美しいものに惹かれる。良い道具に出会うと、早速その仕組みや構造に宿る非凡さを研究してしまう。これは男子独得の性癖なのかもしれない。 良い職人さんや燻し銀の味のある俳優さんにも、失礼ながら「良い道具」を思わせる方々が確かに存在する。最近、自分も良い道具として、できれば世の中に役に立つものでありたい、と考えるようになった。そのきっかけは、ある作家の「自分のことを軽くみる習慣」というエッセイである。 自分は「道具」として機能しているか 自分を軽くみる? この言葉に出会ったとき、ピンとこなかった。要は、自分のことを重大に考え過ぎる。自分が不幸だ、不幸だと嘆く多くの日本人が存在する。その背後には、こんなに大切で価値のある自分が、なぜこんな目に遭わないとならないのか、という