ブックマーク / tukinoha.hatenablog.com (14)

  • 近代の奈良と文化財保存について〜廃仏毀釈とか、その辺の話〜 - tukinoha’s blog

    明日から奈良に行ってきます。法隆寺に行ったり、慈光院に行ったり、鹿のコスプレをして奈良公園の鹿と角突き合ったりしてくる予定。 その間ブログを更新するのは多分不可能なので今日のうちに何か書いておこうと思ったのですが、恥ずかしながら時間がありません。そこで、一緒に奈良へ行く人たちに向けて書いたコラムを転載しておくことにします。な、何という手抜き……! 気楽に書いたものなので、気楽に読んでいただければ幸いです。 近代の奈良と文化財保存について〜廃仏毀釈とか、その辺の話〜 文責:tukinoha(所属 オタク・野川さくらファン・水銀党) 1.はじめに 法隆寺は世界最古の木造建築!すごい凄い。興福寺なんて中世では大和国守護ですよ。まったくもって、奈良県からは古代・中世のロマンを感じますね。 ……いや、ちょっと待てよ、と。古代や中世において奈良の大寺院が強い権力を持っていたことは良くわかる。けれど、そ

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    haruhiwai18
    haruhiwai18 2016/05/08
    "華族制度が整備されたことによって旧藤原氏が団結し、自分の先祖が創った寺を復興しろという要求を国へ出したことが影響""最終的には「興福会」という旧藤原氏が運営する団体に皇室から補助金が" →金の出所
  • そろそろ「従軍慰安婦」問題について一言いっておくか - tukinoha’s blog

    屋上屋を架すつもりはないので、最近話題の論点からはやや外れた部分について書きます。「一言」といっておきながら全然ひとことで終わらないのはお約束ということで。 1.国家間の問題?被害者はどこにいった? 90年代における「アジア国民平和基金」が挺隊協のような慰安婦支援団体からも批判されたことは有名ですが、この基金を推進した側としては元「慰安婦」は高齢化しているので、たとえ拙速であっても今のうちに補償しなければならないという判断がありました。これに対して挺隊協などは民間基金ではなく政府による公的な基金でなければならないとして、元「慰安婦」の利益よりもむしろ「政治的な筋を通す」ことを優先したわけです。私としては前者の立場により共感します。 2000年代以降では現在がもっとも「慰安婦」問題に注目が集まっているように思うのですが、その割には、みなさん妙にのんびりしているように感じるのは私だけでしょうか

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    haruhiwai18
    haruhiwai18 2014/09/18
    "この基金を推進した側としては元「慰安婦」は高齢化しているので、たとえ拙速であっても今のうちに補償しなければならないという判断がありました" →この論点に対する"反論"としてはhttp://bit.ly/1DlBKfx等参照
  • 南北朝正閏論争について - tukinoha’s blog

    面白そうな話題を見つけたので便乗します。 さて、佐藤は、南北朝正閏問題は明治期に解決済みである、三種の神器をもって即位すれば正統な天皇だと言っている。私が文庫版解説を書いた宮崎哲弥『正義の見方』(新潮Oh!文庫)で宮崎は、戦後、南北朝正閏論がきちんと議論されてこなかったと一章を使って論じている。では宮崎もまた、稚拙な議論をしていることになるのか。それなら佐藤は、よろしく宮崎著を読んで、すべからく宮崎の稚拙を指摘すべきである。 また、明治期に解決済みと佐藤は言うが、それは「南朝正統」として解決したのであり、それゆえ北朝は正統な天皇ではないとして、以後、「南北朝時代」ではなく「吉野朝時代」と敗戦まで呼ばれていたはずだ。それならなぜ現在「南北朝時代」という、否定されたはずの表現が行われているのか、佐藤に問う。 佐藤優と「週刊金曜日」に問う - を償うにをもってせよ 全体の文脈については引用記

    南北朝正閏論争について - tukinoha’s blog
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    haruhiwai18 2013/12/16
    "池田智文「「南北朝正閏問題」再考""この論争を貫く大きな問題は「学問と教育の意識的な切り離し」です。現代で言えば、某教科書をつくる会の人と同じ発想ですね" →南北朝正閏問題の裏側について。
  • 伊藤博文は死の間際に「馬鹿な奴だ」と言ったのか? - tukinoha’s blog

    明治42年(1909年)10月、ロシア帝国蔵相ウラジーミル・ココツェフ(ココフツォフ)と満州・朝鮮問題について非公式に話し合うため訪れたハルビン駅で、大韓帝国の民族運動家・安重根によって射殺された。このとき伊藤は「3発あたった。相手は誰だ」と叫んだという。安はロシア官憲にその場で捕縛された。伊藤は絶命までの約30分間に、側近らと幾つか会話を交わしたが、死の間際に、自分を撃ったのが朝鮮人だったことを知らされ、「俺を撃ったりして、馬鹿な奴だ」と呟いたといわれる。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%8D%9A%E6%96%87 最近2chまとめブログで「韓国併合に反対だった伊藤を暗殺した安重根は馬鹿だし、その安を英雄扱いしている今の韓国政府も馬鹿」みたいな話をよく目にするのですが、その論拠になっているのが(たぶん)上記のwiki

    伊藤博文は死の間際に「馬鹿な奴だ」と言ったのか? - tukinoha’s blog
    haruhiwai18
    haruhiwai18 2013/08/24
    "出典をご存知の方は教えてください" →ざっくり検索した限り、中村菊男『伊藤博文』(1985年)http://p.tl/F3ppと、中野泰雄『安重根』(1984年)http://p.tl/M1MNまでは、文献で遡れそう。/中野は中野正剛の息子。
  • 徳川綱吉の再評価について - tukinoha’s blog

    世の中のほとんどの人間は、馬鹿でもない代わりにさほど賢くもなく、独創的なこともしない代わりに独りよがりなこともしない、ということは我々が日々実感するところですが、こと歴史に関しては「名君/暗君」「文明/野蛮」「進歩/退嬰」の二分論で切り分けたくなるのもまた然り。専門の歴史学者もこうした二分論から完全に自由にはなっていないのですが、しかし、これはちょっと如何なものかと。 いま使われている歴史の教科書では聖徳太子の事績や実在に疑問がつけられたり、鎌倉幕府の成立が1192年ではなくなっている。「いいくに作ろう鎌倉幕府」は今や「いいはこ(1185年)作ろう鎌倉幕府」になっているのだ。 そして、教科書の変化で目に付くのは、人物評価の「上がった人」「下がった人」の明暗である (中略) 劇的に評価が上がったのが、江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉である。1988年版にはこうある。 〈生類憐みの令をだして犬や鳥

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    haruhiwai18 2013/06/15
    "鷹の餌として、あるいは鷹狩の補助に犬は使われ""犬の飼育にかかる手間や費用は民衆にとって重い負担""犬は怨嗟の対象ともなり、特に反社会的な傾奇者たちの標的にされ" →「犬の歴史」を教科書に載せようw
  • 社会/「社会」/社会的なもの - tukinoha’s blog

    『社会思想史研究』の最新号で「<社会的なもの>の概念 再考」という特集が組まれていたので、その中の何かの論文を読みました。「社会的なもの」って最近よく耳にしますが、よくわからない。出所はよくわかりませんが、広めたのは市野川容孝『社会』でしょう。この中で市野川は「社会的なもの」を、社会における不平等の認識と、その是正へと向かう規範性、と定義しました。単なる分析概念ではなく、規範的概念なのだ、と。しかし、それが社会科学の対象である「社会」とどう関わるのか、「社会的なもの」って結局「社会民主主義」のことなのか、色々疑問は残ります。『社会思想史研究』の特集のなかでは、森政稔氏が、社会/社会的なもの/社会民主主義はそれぞれ違った文脈から出てきたものであり切り分けて理解すべきだと述べていますが、基的には私も賛成です。では、どう区別するか。 まず社会について。これは「全時代を通して存在する人間の結合

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    haruhiwai18
    haruhiwai18 2012/10/10
    "明治時代にも社会はあったが…大規模な出来事・結社・国民といった人間集団の言い換え""対し、大正の「社会」はまず社会科学の対象""左右田の著作のインパクトが社会科学全般に及んで" →源流・左右田喜一郎。
  • 戦後補償の問題について - tukinoha’s blog

    仙谷由人官房長官は7日の記者会見で、1965(昭和40)年締結の日韓基条約で韓国政府が日の植民地をめぐる個人補償の請求権を放棄したことについて「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。(日韓関係の)改善方向に向けて政治的な方針を作り、判断をしなければいけないという案件もあるのではないかという話もある」と述べ、政府として新たに個人補償を検討していく考えを示した。 官房長官、戦後補償に前向き 日韓基条約は無視 産経新聞の考えがよくわかるタイトルですね。「日韓基条約は無視」というより、条約改正も視野にいれて交渉することを検討します、くらいの内容でしょう。 この官房長官がどういう人なのか知らないので発言の評価は差し控えますが、言ってること自体は現代史のを読んでるとよく目にするような内容です。私としても「寝た子を起こすな」式に過去の問題を葬り去ってしまうよりは、補償を前向き

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    haruhiwai18 2012/08/22
    "政府が…個人請求権あるいは民間請求権ともいう)を消滅させる協定を結ぶことができないことは、当時、外務省条約局条約課にいた谷田正躬が、わざわざ次のように書いている" →一応、念の為ブクマ。
  • いわゆる「鎖国」について - tukinoha’s blog

    以前、ロナルド・トビ『「鎖国」という外交』を屋で見かけたときは、上手いこと言うなぁと感心したものでした。 「鎖国」という外交 (全集 日歴史 9) 作者: ロナルドトビ出版社/メーカー: 小学館発売日: 2008/08/26メディア: ハードカバー クリック: 46回この商品を含むブログ (20件) を見るところで最近では「鎖国」という言葉が、江戸時代の実態を表す言葉として適切なものではなく、いわゆる「四つの口」(対馬・長崎・薩摩・蝦夷地)を通した、それなりに豊かな交易関係を築いていたことは広く知られるようになってきました。中高レベルの日史教科書でも、近年のものであればこの辺の事情にはだいたい言及しているのではないでしょうか。先月刊行された田中優子『グローバリゼーションの中の江戸』も、啓蒙的なではあるのですが、上記の意味であまりインパクトはないかもしれません。むろん、オランダとの

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    haruhiwai18 2012/07/24
    "定信の狙いはその後急速に忘れ去られ、「祖法」の存在だけが大きくなっていきます""鎖国はまさに「祖法」として定着していきました" →なるほど、確かに"創られた伝統"だ。/↓某bot様が放つ「 (キリッ 」に吹いたw
  • カフカと手紙 - tukinoha’s blog

    アニメにおける「携帯電話」の表現について - tukinohaの絶対ブログ領域 昨日もお知らせしましたが、ぶっちゃけ誰も読んでないみたいなので、加筆部分(の一部)だけ転載。 作家のフランツ・カフカは、恋人に向けて書いた膨大な量の手紙を残していますが、その中には「手紙について書かれた手紙」も存在しており、コミュニケーションに関する彼の鋭い洞察がうかがえます。例えばこういう内容。 「われわれはあまり一緒にいませんでした、それは当ですが、しかしたとえわれわれが一緒にいたとしても、ぼくはあなたに(ただし実行不可能なことですが)ぼくを手紙から判断するよう、直接の経験からそうしないように頼んだでしょう。手紙にひそむ可能性は、僕の中にもひそんでいます」 ― 1915年3月25日付 ― これをカフカの対人恐怖症の表れだと考えても、必ずしも間違いとは言えません。ただ、ここでは最後の「手紙にひそむ可能性は、

    カフカと手紙 - tukinoha’s blog
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    haruhiwai18 2012/05/14
    "相手を客体化せずに自分との近さを保ちたいのであれば、会話することも手紙に書くこともせず、ぼんやりと頭の中で思い描いているのが一番良い、とカフカは考えるわけですね" →カフカと手紙について
  • 網野善彦と『もののけ姫』の話 - tukinoha’s blog

    今日は何かと網野善彦と縁のある日でした。まずは宮常一(みやもと・つねいち)『忘れられた日人』のサブテキストとして読んだこちらのから。 『忘れられた日人』を読む (岩波セミナーブックス) 作者: 網野善彦出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2003/12/17メディア: 単行(ソフトカバー)購入: 5人 クリック: 73回この商品を含むブログ (13件) を見る2003年に出版されたですが、その5年前に公開された『もののけ姫』に言及する箇所があります。『もののけ姫』が網野史学を下敷きにしていることはもはや常識であり、網野自身がそれに言及しているものとしては「映画『もののけ姫』パンフレット」や「特別座談会 アニメーションとアニミズム 梅原猛、宮崎駿、網野善彦、高坂制立、牧野圭一」(『木野評論』臨時増刊号 1998.10)が知られていますが、これらはいずれも討論という形であり、網野

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    haruhiwai18 2011/07/09
    "マルクス主義史観における問題の中心は生産手段、この場合は土地制度…、そこに重点を置かない網野は異端だと言える""「戦後歴史学」って批判の対象になりがちなんですよね" →"戦後"自体が叩かれやすいですな orz
  • 『社会の発見』論の現在―戦後歴史学における1920年代史(抄) - tukinoha’s blog

    1 近代日において「社会」という概念装置がどのような社会的状況の中から現れ、そしてどのような役割を果たしたのか。このような問いにたいして、人によっては1920年代における吉野作造の思想的転回について想起するのではないか、と思われます。 吉野は明治38年の時点において「吾人の観る所に依れば国家といふも社会といふも全然別個の観念にあらず。……統治なくしては社会は成り立たざるが故に……社会と国家は別物に非ず」と述べていますが、要するにこの時点の吉野にとっての社会とは、国家という全体性を前提としたうえで、そこから零れ落ちてしまう余剰のようなものでしかなかったと言えるでしょう。それが1920年代に入ると「法律と武力即ち一言にして言へば権力」を根原理とする「国家」と、それよりも広いカテゴリとしての「社会」とが明確に区分されるようになる[吉野1921]。それをより広い文脈に位置づけるならば、明治期の

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    haruhiwai18 2011/01/31
    "福祉領域の拡大と個人の孤立化によって、国家に対置される固有の領域としての「社会」は弱体化し、個人は直接国家と対峙する" →そういや、国家と社会が論じられる時、"法人"(企業等)の存在が忘れられがちですよね
  • 謹賀新年 - tukinoha’s blog

    今年は厄年だということで、元日の朝5時から神社まで行き、お祓いを受けるということに僕の知らない間に決まっていたので、不承不承実家に帰っていました。そういう風に決めた僕の親も、僕自身も、あるいは神主でさえもお祓いの効用なんて信じていないのかもしれない。それにも関らず、多くの人がそれを受けるためだけに地元に戻る、というのはなかなか面白い事態だな、と思います。超寒かったですけどね。 そんな話はともかく、今年は週2回くらいのペースで更新を続けていきたいと思っています。昨年はtwitterという新しいメディアに浮気していましたが、書いてすぐに反応が返ってくる即時性は魅力であるものの、ブログの迂遠さの方が僕の性にはあっているようです。 犀川は、英語の論文を読んでいた。彼が生まれるまえに書かれたものだった。もうこれを書いた人間はこの世にはいないだろう。自分の論文も、ずっと未来の世界のどこかで、こうして読

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    haruhiwai18 2010/12/25
    "「投瓶通信」モデル…手紙を瓶に入れて海に流して、九割方が失われるであろうが、一割は誰かが拾ってくれるかもしれない" →同じ手紙でも英語で書いた方がいいのかな。そんな感想を持ちつつ、投瓶を拾ってみた12月
  • 東浩紀と「幽霊の複数性」問題―松尾隆佑「確率・亡霊・唯一者――政治学的想像力のために」を読んで - tukinoha’s blog

    かつてアリストテレスが名指された。名「アリストテレス」は、そこからさまざまな経路を通り配達される。それゆえ名「アリストテレス」はいまや、複数の経路を通過してきた複数の名の集合体である。必然的にそこではさまざまな齟齬が生じる。・・・・・・だからこそ、名「アリストテレス」にはつねに訂正可能性が取り憑く。固有名の単独性を構成し、かつ同時に脅かすその訂正可能性を、ここで前章の議論をうけ「幽霊」と呼ぶことができるだろう。名「アリストテレス」はつねに幽霊に、つまり配達過程で行方不明になってしまった諸々の「アリストテレス」に取り憑かれている。そしてそれら幽霊はネットワーク(伝達回路)の不完全性によって、様相性と複数性の徴のもとで現れる。(強調引用者) ――東浩紀『存在論的、郵便的』新潮社、1998年、128頁―― 東浩紀によると、ある固有名は、他の固有名と混同されたり、内容の異なる複数の名の集合体であっ

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    haruhiwai18 2010/11/30
    著者「他者たる「幽霊」と向き合い、彼らの声に耳を傾けよとするデリダ的な「正義」が、通俗的な「ヒューマニズム」へと堕していく」 ニーチェ「ヒューマニストに飽きたら、仏国的ユマニストになればいいじゃない」
  • エドワード・W・サイード『知識人とは何か』 - tukinoha’s blog

    知識人とは何か 作者: エドワード・W.サイード,Edward W. Said,大橋洋一出版社/メーカー: 平凡社発売日: 1995/05/01メディア: 単行購入: 1人 クリック: 12回この商品を含むブログ (3件) を見るウェーバーの「精神なき専門人」という官僚制についての規定はよく知られているが、書においてサイードが展開した議論は、「精神なき専門人」となった知識人を、いかにして普遍主義的思考に立脚した来の知識人へと転換させていくかに重点が置かれている。知識人と愛国者、知識人と国家の結びつきを自明視しないという点で、ディアスポラ知識人であるサイードらしい知識人論だな、という印象を受けた。邦訳で200頁程度の短い分量だが、これまで『オリエンタリズム』や『文化と帝国主義』で述べられてきた話をおさらいしておくのにも適当な内容となっている。 書で提示されている「知識人」の要件を列挙

    エドワード・W・サイード『知識人とは何か』 - tukinoha’s blog
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    haruhiwai18 2010/11/30
    「普遍性の原則を語る「知識人」だって…大学教授っていう安定した地位を与えられている…パレスチナに暮らす一般人はそんなこと言っていられる余裕なんてない」 →「知識人」であるとは、幾分か不実であることだ
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