タグ

文化と表現に関するheatmanのブックマーク (8)

  • 海外で絶対にやってはいけないとされるハンドサインあれこれ

    では子どもを褒めるときに頭をなでますが、タイで同じことをすると親の逆鱗に触れてしまいます。風習や文化によってタブーとなる仕草は異なり、旅先でびっくりすることも少なくありませんが、トリップアドバイザーがそんな「外国でやってはいけないハンドサイン」のイラストをTシャツにして公開しています。 外国でやってはいけないハンドサイン トリップアドバイザーのインフォグラフィックスで世界の旅が見える http://tg.tripadvisor.jp/taboosign/ ◆01.かつて犯罪者に2指で物を投げつけたことに由来する侮辱の仕草(ギリシャ) ◆02.性的な表現を由来とする相手を揶揄・侮辱する仕草(中東、西アフリカ、南米など) ◆03.数字のゼロで役に立たないことを匂わす揶揄・侮辱の仕草(フランス) ◆04.闘技場での「敗者を殺せ」という表現に由来する侮辱の仕草(アメリカ、イギリスなど) ◆0

    海外で絶対にやってはいけないとされるハンドサインあれこれ
  • 単純に「オタク」とするのはちょっと違う「Geek(ギーク)」と「Nerd(ナード)」

    by heidisnews 「オタク」という語で表現される人のことを、英語のスラングでは「Geek(ギーク)」、あるいは「Nerd(ナード)」と呼ぶことがあります。実際にはオタクとギーク、ナードとの間にはちょっとニュアンスの違いがあり、またギークとナードの指しているものも別物ですが、どうにもわかりにくいもの。 このギークとナードの違いをインフォグラフィックで表現したものがこちらです。 Geeks vs. Nerds http://www.mastersinit.org/geeks-vs-nerds/ そもそも「Geek」は英語の方言で、遡ると中期低地ドイツ語のgeck(fool、freak)やドイツ語の複数の方言、アフリカーンス語のgek(crazy)などにたどり着きます。18世紀のオーストリア・ハンガリー帝国でサーカスで生きたニワトリや蛇を頭からいちぎる芸を見せていたパフォーマーのこと

    単純に「オタク」とするのはちょっと違う「Geek(ギーク)」と「Nerd(ナード)」
  • 「まだ震えが止まらない」――初音ミク初の米国ライブで何が起きたのか

    ボーカロイド、いや、日が作り上げた音楽を、アメリカに全力で叩きつけてみた。 今回のアクトを一言で表現すれば、そのようになる。現地アメリカはロサンゼルス、NOKIAシアターのライブ「MIKUNOPOLIS」の様子を、可能な限りリポートしたいと思う。文章に脈絡がないのは、興奮でいまだ手の震えが止まらないためとお考えいただき、どうぞご容赦いただきたい。 開場は開演から1時間半前、わたしは一般客列に並んで入場したが、この時点で長蛇の列。そして、来のイベントであるAnime Expoから流れてきた客が、あらゆるコスプレのまま、どんどん吸い込まれていく。なかにはもちろんローティーンも混じっていたし、雪ミクのコスプレすらいた。もうこの時点で、いったい何が起こるのか全く想像がつかなくなった。 自分の座席は3階の一番右端で、ステージからは遠いものの、会場全体の様子はよく分かるポジション。NOKIAシアタ

    「まだ震えが止まらない」――初音ミク初の米国ライブで何が起きたのか
  • 「萌え」じゃなくて「ブヒる」!? ネット界隈に広がる新しい視点 - エキサイトニュース

    新作アニメが始まると、こんな言葉がネットに飛び交うようになります。 「これブヒれる?」 「ブヒイ」 豚ですね。 そう、豚なのです。 2010年末くらいから今年にかけて、急激に広がったのがこの「ブヒる」という動詞です。 端的に言うと「萌え」を超えた、一つ上の表現です。 ちょーっと「萌え」文化を巡る足跡を言葉からたどってみるとしてみます。 90年代から広がった「萌える」という単語。可愛い子を見て高ぶる気持ちの表現として、ネットスラングになりました。インターネットのないパソコン通信時代ですね。 最初は動詞でしたが、次第に「萌え」という名詞に変化します。 つまり、ある対象、主に二次元のキャラクターに対して感じた感情表現から、キャラそのものの持つ属性へと変わった、ということです。 注意したいのは、「萌え」=「性衝動」ではないところ。どうしても男性が女性キャラに使うことが圧倒的に多いので「萌えって女の

    「萌え」じゃなくて「ブヒる」!? ネット界隈に広がる新しい視点 - エキサイトニュース
  • 竹熊健太郎氏( @kentaro666 )の語る、3.11以後のオタク的な表現

    竹熊健太郎《Aタイプ》 @kentaro666 1)93年のベストセラー「完全自殺マニュアル」の前書きに「もうでかい一発はこない」という言葉がある。http://bit.ly/gWzOiF 同じ頃宮台真司は「終わりなき日常を生きろ」と言った。でかい一発を夢見ながら退屈な日常は永遠に続くと感じていた人は多い。 2011-04-13 23:21:18 竹熊健太郎《Aタイプ》 @kentaro666 2)つまらない現実よりも面白い虚構を!初期オタク文化はこの諦観の上に生まれている。今回の震災と原発事故を受けて、オタク第一世代が俺を含め軒並み転向したかのように冷静さを失っていると感じる下の世代は多いが、当然だ。もう二度と来ることはないと思っていた「でかい一発」が遂に来たのだ。 2011-04-13 23:21:49 竹熊健太郎《Aタイプ》 @kentaro666 3)3.11から先の世界はマニュア

    竹熊健太郎氏( @kentaro666 )の語る、3.11以後のオタク的な表現
  • 日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか : 族長の初夏

    最近、ちまちまとラヴクラフト全集を再読しているのですが、あらためて強く意識させられるのが、恐怖感についての日米文化の違いです。たとえばラブクラフトがさも自明のごとく使う「冒涜的」という表現の、いったい何がどう冒涜的なのか、まるでぴんとこないこと。また、クトゥルーや南極の〈古きもの〉がさほど怖いとも思えず、それどころか、むしろちょっとかわいいじゃん。などと愛着に近い感情すらおぼえてしまったりすること。こういった反応、恐怖の感じ方がひどく違うことについて、どこまでが個人の感性でどこまでが文化の差異によるものか、きちんと切り分けができたら面白かろうなあ、と思いながら読んでいます。 ラブクラフト作品での「冒涜的」という形容は、宗教上の教義と相容れないものごとだけでなく、普通でない、なじみがない、理解できない、ありえない、と語り手が感じる対象ことごとくに向かってつかわれます。キリスト教文化圏では、何

    日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか : 族長の初夏
  • 「青少年」という幻想 : 池田信夫 blog

    2010年12月11日11:11 カテゴリ科学/文化 「青少年」という幻想 東京都の青少年健全育成条例の改正案が、来週の都議会で可決される情勢になってきた。この問題についての石原都知事の発言は、あまりにもナンセンスで論じる価値もない。かつて「太陽族」などの新風俗の元祖となり、「価値の紊乱者」を自称していた石原氏が、エロ漫画の撲滅に熱中する姿は哀れをもよおす。 そもそもこの条例の求める「健全な青少年」とは何なのか。大人が「有害な表現」を指定して子供の目にふれないようにするという発想の根底には、子供は未成熟な存在で、「不健全」な情報を与えるとその発育が阻害されるという発想があるのだろう。しかし最近の脳科学の成果が示すように、このように子供を「保護」する発想は間違っている。 脳細胞の数は生まれたとき最大で、その後は減ってゆく。神経回路の結合も子供のとき最大で、脳は自由に活動している。大人になる過

    「青少年」という幻想 : 池田信夫 blog
  • 大量のプロの表現者が食べていける時代は、終わってもいいんじゃないか【湯川】 | TechWave(テックウェーブ)

    いやもちろん僕自身、物書きとして生きていきたいと思っている。だから個人的には好きな表現の仕事をして生きていける時代が今後も続いてほしい。しかし社会の流れとしては、作家やミュージシャン、カメラマン、ジャーナリストなどといったプロの表現者の仕事は、今後もますます少なくなるように感じる。でもその一方でアマチュアの人たちの表現が爆発的に増える。社会の総和で見た場合、文化の多様性や知見の高まりはますます加速されるいい方向に進んでいるのではないかと思う。 ustreamでの池田信夫さんのお話は非常に面白かった。表現者がべていける新しい社会的な仕組みを作ることは大事だという意見には賛成だ。過渡期には可能だと思うし、ぜひそうした仕組みができてほしい。でも20世紀のように大量のプロ表現者がべれる時代には、どんなことをしてももう戻れないんじゃないだろうか。 それに大量のプロ表現者がべれる時代は終わっても

    大量のプロの表現者が食べていける時代は、終わってもいいんじゃないか【湯川】 | TechWave(テックウェーブ)
  • 1