他者に対する二つの志向 -河合 孝昭 - 経験が教えるように、われわれは、他者への二つの相反する志向、すなわち同一化の志向と差異化の志向との間で揺れ動いている。「流行」を例にとろう。「流行」は、ある大衆支配的な様式を志向することへとわれわれを駆り立てるが、同時に、その様式の内部で微小な差異を作り出すことによって、われわれの中に他者との差異を享受したいという欲望を生み出す。このことからもわかるように、これら二つの志向は、相補的関係にあり、一方が他方に対して優位に立つことはあっても、一方が他方を完全に制してしまうということはありえない。 「実存主義」の祖であると同時に優れた社会心理学者でもあった、デンマークの思想家キルケゴールは、このような差異化の志向と同一化の志向が行き着く二つの極限形態をあざやかに抉り出した。「アイロニー」と「ユーモア」がそれである。「アイロニー」とは、たとえば、他人との差