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ブックマーク / crow-henmi.hatenadiary.org (8)

  • 忸怩たるイマ - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

    忸怩たるメソッド話。いや嫌いじゃないというかそれが好きなので困るわけですが。純真にゲームを楽しみたい俺ガイル一方で、今更ながらエロゲweb論壇の過去ログを最初から読むべきではないかと思っている自分もあるわけですが。なにしろ、エロゲweb論壇で前提となってる問題意識をいまひとつ共有できてない自覚があるので(バー、バー、ブラックシープ!)、論じられてきた事柄に関して一度掘り下げて見なければならないなあという危機意識があるわけです。というわけで、現在その作業中。長丁場です。 というわけで、以下(主に)cogni氏へのレスです。「最果てのイマ」のメソッドについてネタバレあり。ネタバレおkの人は読んでください。 cogni氏がここを読まれているようなのですので、氏のために追記しておきますが、イマの拠って立つ問題意識としてhttp://imaki.hp.infoseek.co.jp/r0210.sht

    忸怩たるイマ - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地
    highcampus
    highcampus 2013/07/23
    最果てのイマ Fate/hollow ataraxia
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) :: 黒須ちゃん、練る(補論)

    禁煙31日目。 昨日――というか、ここ最近書いたエントリを読み返したら、随所にイガイガとしたものが見え隠れしています。反面、論旨については、あれだけ言葉を並べてなお、整理し切れていない。もう少し、冷静かつ緻密な文章を書く必要がありそうです。 特に、エントリを余り推敲しないでうpする癖は、いい加減やめねばと思っているのに、なかなか直りません。きっと推敲しているときりがないからなのだけど、これは往々にしてエントリの質的水準低下を招くので、改善せねばならない。 全然関係ないのだけど、先日医者に出向いたら「病の気があるから心療内科で診察と投薬を受けなさい」と、えらく自信たっぷりにいわれたのです。内科医に。 内科医が問診時の印象だけでそこまで断言できるのだろうか、と、首をひねりつつも、紹介状書いてもらったので、近日中にメンヘル行ってきます('A`) しかしなんだ、書いてるものに責任がもてないほど心

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) :: 黒須ちゃん、練る(補論)
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    highcampus 2012/08/19
    C†C
  • 繰り返すセカイと死にたがりの道化(ピエロ) - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

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    highcampus 2012/08/19
    C†C
  • きみがいるからぼくがいる - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

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    highcampus 2012/08/19
    C†C
  • コヴェントリー・ジレンマから考えるTRPGの遊戯としての可能性 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

    序文 岡和田晃氏が主催するAGSというゲーム批評blogにおいて公開された「傷だらけの偉大な負け組に捧ぐ:「役割演技式競技」における「ヒーロー」とは何者であろうか?」というエントリについて、主に倫理的問題から対論を展開してみたい。 このエントリにおいては、ある種の英雄像――すなわちある事態において、事態に関わる全員が救われるように行動し、それに成功する者と対置して、ある事態において限定的なリソースしか持たないがゆえ、常に誰かを犠牲にすることでしか他の誰かを救えないという無力さを抱えつつも、なお最善を尽くし犠牲者の死を背負ってゆく者の姿を指し示し、それを称揚しているように、ぼくには思える。それは基的に了解可能な概念であり、多くの人達がそのような人物像に学び得るだろう。特に、有限のリソースしか持たずにゲームに向かうプレイヤーたちが、目的達成のため「何を切り捨て、何を取るべきか」という決断をす

    コヴェントリー・ジレンマから考えるTRPGの遊戯としての可能性 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地
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    highcampus 2010/12/08
    トリアージ
  • 「不気味なもの」との対峙と克服――サバイブ系共同体主義的想像力における覚書 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

    初出不明。 いわゆる「サバイブ系」すなわちある個人または共同体がその外部の敵対性と対峙し、それを克服せんとしていく想像力が生み出す物語の形態について、少し思うところがあったのでメモしてみた。 サバイブ系コミュニティの存在強度/存在意義は「共通の敵」によって導きだされる。しかし、それが存在しなくなってしまえば、コミュニティの存在価値は必然的に低下する。そこにおいて、コミュニティ維持の自己目的性が「新たな敵」を作り出しはしないか、という懸念が発生する。また、そのようにはならず、存在意義の小さいコミュニティが惰性的に存続する、あるいは目的を達して解散するという形もありうるが、そこにおいて重要なのは、コミュニティと自己との距離をどのように設定し、コミュニティによって補填されない実存価値をどのように代替するかということになる。 つまりこれはいわゆるモバイル的実存と関わってくるのだが、主人公に取って真

    「不気味なもの」との対峙と克服――サバイブ系共同体主義的想像力における覚書 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地
    highcampus
    highcampus 2010/11/25
    ゼロ年代の想像力関連創作論
  • 「誰かが助かれば、他のみんなはどうなるのか」再考――選択肢式ゲームの構造論(メモ)―― - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

    選択肢式ギャルゲーにおいてよく議論される問題として「あるヒロインを選択した場合、その他のヒロインはどうなるのか」というものがある。これは、選択肢によって個別ストーリーへと進み、他のヒロインが後景化するタイプのゲームにおいて前景化する問題である。これについては「多世界解釈=遡及的過去生成」説と「同一世界解釈=確定的過去共有」説が有力な説として浮上し、それがある種の対立関係にあるものとして語られてきた、という過去があった。ひらたくいえば、前者は「あるひとりのヒロインが選択されると、そのヒロインルートがひとつの確定的現実として観測され、他のヒロインたちは自動的にドラマを保有しない脇役へと後景化する」というアクロバティックな解釈であるが、後者は「あるひとりのヒロインが選択されると、他のヒロインたちはそれぞれのドラマを保有したまま、主人公と結ばれないことによるバッド/ノーマルエンドへと向かう」という

    「誰かが助かれば、他のみんなはどうなるのか」再考――選択肢式ゲームの構造論(メモ)―― - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地
    highcampus
    highcampus 2010/01/21
    Kanon問題/C†C/”ループ式、オムニバス式、一本道式――いずれの方法論も、選択肢式のような「誰をどのように選び、選ばないか/誰から順に選んでいくか」というプレイヤーレベルでの自由を疎外する”
  • 衛宮士郎の破綻と再生――「Fate/stay night」におけるポストモダン的不安とその超克―― - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

    「Fate/stay night」というゲームにおける主人公、衛宮士郎のあり方は、極めてポストモダン的状況に落ち込んだ人間の、複数のあり方を示していて興味深い。彼はその状況に対して立ち向かい、敗北し、そしてそれを超克するプロセスは、極めて典型的に「ゼロ年代的」であった、といえる。ゆえに「ゼロ年代の想像力」という概念が失効しようとしている今、あえて回顧的に振り返ってみたい。 衛宮士郎は世界喪失者である。これは、彼と世界との間にある「大きな物語」が失効することに拠っている。彼は10年前の聖杯戦争がもたらした大災害において、当たり前のはずの安寧があっという間に焼け落ち、多くの人々が全く無意味に死んでいくという「大量死」を見せ付けられ、自らが生きる意味すらも「確率性」に還元されてしまうという体験をした。多くの人々が全く無意味に死んだように、彼もまたあそこで死んでいたかもしれない。養父である衛宮切嗣

    衛宮士郎の破綻と再生――「Fate/stay night」におけるポストモダン的不安とその超克―― - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地
    highcampus
    highcampus 2009/02/16
    Fate/stay night/興味深い
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