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2013年9月3日のブックマーク (7件)

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    hiruhikoando
    hiruhikoando 2013/09/03
    豪さん、この話題でこの論調はヤバいって。
  • しまむらのマニュアルが進化し続ける意味

    著者プロフィール:日沖博道(ひおき・ひろみち) パスファインダーズ社長。25年にわたる戦略・業務・ITコンサルティングの経験と実績を基に「空回りしない」業務改革/IT改革を支援。アビームコンサルティング、日ユニシス、アーサー・D・リトル、松下電送出身。一橋大学経済学部卒。日工業大学 専門職大学院(MOTコース)客員教授(2008年~)。今季講座:「ビジネスモデル開発とリエンジニアリング」。 しまむらのオペレーションは徹底的にマニュアル化されている。「商品仕入」から「店舗運営」「システム開発」「社員研修」など、何から何までマニュアル化しているといってよい。その総ページ数は1000ページを超えるという。 以前、そのページ数を耳にした際には正直、「一体誰がそんな分厚いマニュアルを読むのか」「新人が1週間ほど掛けて読み終わるころには最初の部分は忘れてしまうぞ」という感想が浮かんだ。しかし先日、

    しまむらのマニュアルが進化し続ける意味
    hiruhikoando
    hiruhikoando 2013/09/03
    そもそもあそこは正社員ではなくてパートのおばちゃんを店長にさせるにはどうすればいいのかをずっと追求していった会社だから。そんじょそこらのチェーンとは違う。
  • 【読書感想】英国一家、日本を食べる ☆☆☆☆☆ - 琥珀色の戯言

    英国一家、日べる (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) 作者: マイケル・ブース,寺西のぶ子出版社/メーカー: 亜紀書房発売日: 2013/04/09メディア: 単行(ソフトカバー)この商品を含むブログ (54件) を見る Kindle版もあります。 英国一家、日べる 亜紀書房翻訳ノンフィクション 作者: マイケル・ブース出版社/メーカー: 亜紀書房発売日: 2015/02/13メディア: Kindle版この商品を含むブログを見る イギリスの「いしん坊」が服部幸應、辻芳樹 から饗されたご馳走とは? ~べあるきスポット~東京・両国「吉葉」、銀座「壬生」、新宿「樽一」「忍者屋敷」、日橋「タパス モラキュラーバー」、「ビストロSMAP」収録スタジオ、代々木・服部栄 養専門学校/新横浜ラーメン博物館」/札幌「ラーメン横丁」/京都・西洞院「麩嘉」、東山「菊乃井」「いづう」

    【読書感想】英国一家、日本を食べる ☆☆☆☆☆ - 琥珀色の戯言
    hiruhikoando
    hiruhikoando 2013/09/03
    amazonのレビューでは何章か省かれているエピソードがあるみたい。味の素に突撃したが丸め込まれる話は読んでみたかったが……。
  • ぐずる子ども、放っておくしかないときもある : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-

    ぐずる子ども、放っておくしかないときもある 2013年09月03日09:30 カテゴリコラム Tweet 夏休みのデパート、売り場中に響き渡る幼児の泣き声がする。通りがかった2人組の女性が、心配して声をかけた。 「ママは? 見つからないの?」 ……確かにこの瞬間だけ見たら、迷子だ。 そこへ、「すみませんっ」と戻って来たお母さん。近くで立ち話していたらしく、慣れた様子で「眠くてもうぐずぐずで……」。 声をかけた2人組はちょっと解せない表情。「泣く子を放ったままおしゃべり?」「なんですぐ対処しないんだ?」そうだよなぁ、そう思うよなぁ。 人の多い売り場のど真ん中で、という点は賛成できない。でも、ぐずる幼児。こんな風にあきらめて放っておくしかないことが、実際には多い。 子どもはよく泣き、よくぐずる 私も息子にはよく、激しくぐずられた。だっこ紐の中でエビ反りしながら、ベビーカーの中で身をよじり落ちそ

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    hiruhikoando
    hiruhikoando 2013/09/03
    苦笑も、狼狽も、途方に暮れるも、実は子供には難しい。みんな泣くしかない。
  • 童貞を守り抜く決心をした

    傍らにPCを置いて洗面所の床にバスタオルを敷き、上半身裸になってからローションを取りに部屋へ戻る。 ローションを持って洗面所までやってきて、今度はコンドームを忘れたことを思い出す。 「いけねっ」と思わず声が出るほど狼狽し、駆け足でもう一度部屋へ引き返して、ようやく戻ってきた洗面所で息を切らしながらコンドームの袋を開ける。 深呼吸してバスタオルに横たわった俺は、少し力の入った指先でPCのブラウザを開き、目をきょろきょろさせながら今日のオカズを探す。 無意識だが頬はわずかに緩んでいる。 今日は何にしようかなぁ。 この前はあの動画で抜いたし、その前はこの画像で抜いた。 じゃあ今日は久しぶりに○○ちゃんで抜くか、と決めて、若い女の子のビキニ写真をPCの画面一杯に拡大させる。 ふぅ、と一息ついた俺は、落ち着いた様子でローションを手に取り、よく馴染ませた後、画像を見ながら想像力を膨らませる。それと同時

    童貞を守り抜く決心をした
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    hiruhikoando 2013/09/03
    また催したときにこれを読んだら頭抱えるダロワイヨ。
  • 社長

    社長になったということ。 今より長い間働いてきた親父の会社では、専務と言われていた。 超零細だったから、社長も専務もクソもない。 全員が現場に出て、従業員と一緒に働いていた。 なもんだから、従業員との関係性がどうしても深くなってしまい、 厳しいことを段々と言えなくなってしまうのだ。 今は違う。 零細ではあるが、社員パート合わせて25名の会社だ。 一部の人と仲良くすることも出来ないし、したいとも思わない。 そうやって行くと、自然と厳しいことが言えるようになり、 会社の体制も、引き締まっていく。 最初は、社長と呼ばれるのが何だかくすぐったくて、嫌だった。 まだ30代だし。 社員は全員年上。パート、従業員の中に年下が数名いる程度なので 最初はやりにくかった。 でも俺が思っている以上に「社長」という肩書は 強烈らしく、席に付けば黙ってお茶は出てくるし、飲みに行けば上座に座らされる。 事務の女の子な

    社長
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    hiruhikoando 2013/09/03
    森繁の世界。シリーズ初期はあの森繁ですら30代だったから特に。
  • 美術史は歴史修正主義のカタマリ - ohnosakiko’s blog

    ヤンキー、ニューエイジ、ラッセン(そしてアート‥‥) だんだん記憶が蘇ってきたので、トークイベント実況Togetterに拾われてない自分発言を、若干言葉を補いながらメモしておきます。 「歴史修正主義*1と言うと政治の論争になるのだけど、アートはむしろ歴史修正主義のカタマリ。というか、それまでの歴史を誰がどう書き換えそれを「正史」とするかの、闘争の歴史だった。たとえば椹木野衣企画の『日ゼロ年』展(1999〜2000、水戸芸術館)は「リセット」を謳って、現代アートの村上隆、会田誠など(奈良美智の名を出したけど入ってなかったですね、すみません)から岡太郎や横尾忠則、そして成田亨でしたっけ‥‥(すかさず速水・斎藤両氏から「特撮の怪獣の‥‥」とフォローあり)まで入れていた。アートからサブカルまで横断的に。でもラッセンはそこから漏れていた」*2 ここから補足。 『日ゼロ年』展にラッセン(やヒロ・

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    hiruhikoando 2013/09/03
    アンリ・ルソーやアンドリュー・ワイエスみたいに文脈から離れたところに「奇跡的な人」が出てきたから、今でも粗製濫造の中に何か転がってないか期待してしまう所が。/あと最近はチャイナ界隈がひどい。