歴史の中の詞―プロローグ/訴の場景(古代の訴/中世の訴の場景)/声・詞の力と民俗(群衆の詞と平家のおそれ/詞の民俗)/ことばと文書の共生(声から文字へ、耳から文書へ/書から詞・耳へ)/顔はものをいう(顔と音声/顔を隠す/対面の民俗)/音声と文字、顔と平和―エピローグ
アジア・太平洋戦争期に軍部の関心を集めた戦争神経症。恐怖を言語化することが憚られた社会で患者はどのような処遇を受けたのか。また、この病の問題はなぜ戦後長らく忘却されてきたのか。さまざまな医療アーカイブズや医師への聞き取りから忘却されたトラウマを浮かび上がらせ、自衛隊のメンタルヘルスなど現代的課題の視座も示す注目の一冊。 【編集者の眼】 NHK『映像の世紀』(一九九五年)の第二回「大量殺戮の完成」などのドキュメンタリー、あるいは『プライベート・ライアン』『野火』などの戦争映画。そこに描かれるのは、戦争の凄惨さ、そして戦場で人間性を蝕まれながらも生きる兵士の姿である。 本書はアジア・太平洋戦争で「戦争神経症」という心の病におかされた日本軍兵士と彼らを取り巻く国家・軍隊の実態を明らかにし、戦後、それらが忘却されてきた問題に迫る。 癒えることなき心の傷、また、晩年になって突然に発症する心の病。著者
全住民を巻き込んだ沖縄戦で、多くの子どもたちが家族を失い孤児となった。彼らが収容された米軍統治下の孤児院とはどのような施設だったのか。苦しい食料事情、感染症の蔓延、衰弱死など孤児たちが直面した現実をはじめて解明。占領・統治政策の本質と孤児院運営との関係に触れ、沖縄戦研究における空白となっているテーマに鋭く迫る意欲作。 編集者の眼-注目の慰安婦関連、新資料 日本軍に従軍していた朝鮮人「慰安婦」が、沖縄戦で行き場を失い孤児院で働いていた新事実が明らかにされます。聞き取り調査によるものですが、慰安婦と沖縄戦がひとつのラインで結ばれた新知見です。 ★大田昌秀氏推薦!(沖縄国際平和研究所 理事長) 孤児たちはいかに収容所に押し込まれ、どのように生きてきたか? 比類のない労作! まえがき/沖縄戦・戦後占領と孤児院―戦後児童福祉史の空白を埋める(沖縄戦とは何であったか/孤児院の所在地と運営内容/要保護者
はじめに/地震はいかにして隠されたのか(東南海地震〈震度と人的被害/物的被害/津波被害/復旧・復興に向けての対策〉/三河地震〈地震の特徴/人的被害と家屋被害/東南海地震の影響/前震への対応/地震発生後の対応/避難生活と住宅再建/仕事・産業への影響〉以下細目略/政府の情報管理)/どのように報道されたのか(報道管制/報道の軌跡)/正確な災害情報を得るには(重要な被害者体験談/小学二年生の体験談/津波被害をどう防ぐのか)/物語『稲むらの火』がもたらしたもの(漁師の体験談/『稲むらの火』)/過去の災害の教訓をどう生かすか(銃後の女性の体験談/関東大震災からの教訓)/知っておきたい情報とは(農家の体験談/地域と災害情報)/災害の経験を次世代につなぐ(防災教育の素材/防災教育の実践と効果) 太平洋戦争末期、東海地方を襲った二つの巨大地震。軍事機密の漏洩や戦意喪失防止のため、被害状況に関する報道が厳しく
今日の靖国神社は近代日本における対外戦争の戦没者を主な祭神とするが、その全員が祀られているわけではない。誰を祭神として祀り、誰を祀らないのかは時代によって揺れ動く。『新編靖国神社問題資料集』を読み解きつつ、戊辰戦争から第二次世界大戦後までの合祀基準をめぐる対立と変遷を追う。国家補償とのズレにも触れた、いま注目の書。 編集者の眼 軍の意識がうかがえる好著 靖国神社の合祀をめぐっては、A級戦犯についてが問題になるが、実は非戦闘員や病死についての基準はゆれうごいていたことがわかる。靖国神社とは、どのような神社だったのか?新たな側面に光りを当てる。 プロローグ 戦没者と合祀基準/Ⅰ 近代日本における戦没者の合祀―明治初年からアジア太平洋戦争の終了まで(はじめに〈二つの太政官布告/東郷元帥の合祀問題〉/東京招魂社から靖国神社ヘ〈戊辰戦争から台湾出兵へ/軍人恩給制度の整備と西南戦争〉/日清戦争から日露
日米開戦から半年後、アメリカ本土に20紙以上あった日本語新聞は、わずか3紙に激減した。言論・報道の「自由の国」で何が起こったのか。さらに、強制収容された日系人は施設でどのような新聞を発行し、アメリカ政府はそれらをいかに監督し利用したのかを明らかにする。日系人ジャーナリズムへの報道統制の実態から、戦時民主主義下の「自由」を考える。 第二次大戦下の日系アメリカ人と報道統制―プロローグ/アメリカへわたった日本人と排斥運動(アメリカへわたった日本人/激しい差別と日本人移民の途絶)/アメリカの日本語新聞(日系人ジャーナリズムの誕生と発展/日米開戦前夜の日本語新聞)/日米開戦と強制立ち退き(日米開戦の衝撃と直後の報道統制/日本語新聞の利用と「自己規制」/政府と日本語新聞の不均衡な相互依存関係/政府内の意見対立とその結末/立ち退きによる最終的な発行停止)/キャンプへの収容(二種類の収容施設(キャンプ)/
序章 災害史からなにを学ぶのか/Ⅰ 災害と日本の近代社会(災害史研究の現状と課題―災害史事典を編纂して〈過去の自然災害を時系列的にとらえる/災害史の領域の可能性〉以下細目略/津波災害と復興)/Ⅱ 明治三陸津波(明治三陸津波と山奈宗真/明治三陸津波と村の対応―青森県三沢村の場合)/Ⅲ 災害と家族(災害と家族/災害常襲地帯における災害文化の継承―三陸地方を中心として)/Ⅳ 災害の記憶の継承―津波碑の意義(東北三県における津波碑/蘇らせよう、津波碑の教訓/津波碑は生き続けているか―宮城県津波碑調査報告)/Ⅴ 津波の歴史を見直す―南海地震津波の脅威(下田港の被害と復興/歴史災害にみる不安のかたち―安政南海地震(一八五四)の日記から)/あとがき 近代日本を襲った津波災害に、人々はいかに立ち向かい、後世へ何を残し伝えたのか。明治三陸津波被害を記録した山奈宗真の資料、昭和三陸津波被災地での聞き取り、津波
稲の品種改良を行ない、植民地での増産を推進した「帝国」日本。天皇制のシンボルとして国家の統一性を基礎づけたコメの新品種は、植民地統治にどう貢献したのか。台湾・朝鮮・満洲などでの農学者たちの奮闘と、普及の実態を描く。現代の多国籍バイオ企業による種子の独占にまで言及し、世界の「科学的征服」をもくろむ生態学的帝国主義(エコロジカル・インペリアリズム)に警鐘を鳴らす。 【編集者の眼】 ブランド米がもてはやされる現代の日本で、その品種改良の歴史を顧みる人は少なく、ましてや、かつての帝国日本が、コメによる植民地支配を行なっていたことなど想像すらできないでしょう。 本書は、話題作『ナチスのキッチン』の著者が、日本におけるコメの品種改良の歴史を繙き、その光と影の実態を明らかにした一冊です。 冷害に強いコメをめざし稲の品種改良に取り組む農学者や育種技師は、やがて「育種報国」のスローガンのもと、台湾や朝鮮など
日本人の「姓」と「苗字」のルーツはどこにあるのか? 明治以前の日本男性は、なぜ人生の節目ごとに改名したのか? 「姓」「苗字」「氏」と「名前」の歴史を、古代から現代まで、国際関係をも視野に入れながら描く通史。それぞれの時代の国家・社会と文化、ジェンダーの特質を明らかにし、「民族」をめぐる問題から「日本」「日本人」とは何かを考える。 人名に刻まれた歴史、人名で刻む歴史―プロローグ/姓と苗字(中国の「姓」制度の成立と東アジアへの伝播/日本における「姓」制度の継受と展開/「家」の成立と「名字(苗字)」の発生/苗字の由来/苗字の展開と姓)/前近代の名前(名前の変遷/ライフサイクルと名前)/近世の名前と国家・社会・民族(名前の管理と規制/社会集団・社会関係と名前/名前をめぐる民族と国家)/近代の「氏名」と「帝国」日本(近代的「氏名」の創出と「国民」編成/他民族の「日本国民」への編入と「氏名」)/氏と名
もはやオランダ語だけでは通用しない。幕府直轄都市長崎で、通訳・翻訳を中心に貿易業務全般にかかわっていた職能集団「オランダ通詞」。幕末という激動の時代に向き合い、彼らは蝦夷地や江戸をはじめ全国に散って行った。欧米諸国船の来航と外交交渉、英語などの新しい言語への対応から維新後に辿った道まで、変動の時代を語学力で生き抜いた姿を追う。 激動の時代を語学力で生き抜く―プロローグ 江戸時代に通訳はいなかった?/オランダ通詞の幕末 オランダ通詞とは オランダ通詞の始まり/ポルトガル語を話す通詞/オランダ語の通詞へ 通詞たちの職階/ 通詞の職務/諸藩への館入/通詞の暮らしと家庭内教育 政治に翻弄される通詞 寛政改革と通詞 通詞の復権 多言語化する通詞 幕府天文方とオランダ通詞 シーボルト事件と通詞 ペリー来航前夜 佐賀藩と楢林家 ペリー来航と通詞 ペリー来航と日米和親条約 安政二年のライバル 安政以降の長
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