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受容論に関するhiyokoyaのブックマーク (6)

  • FPSゲーマー達のちょっと変わったプレイスタイル : オレ的ゲーム速報@刃

    ■脚組プレイ ■八の字スタイル ■モニターガン見 Counter-Strike1.6 Sion -all view-‐ニコニコ動画 目ぇ近すぎッ!!! ____ /      \ / ─    ─ \  一見してふざけている様にもみえますが /  (●)  (●)  .\      彼等はマジメにプレイしています |     (__人__)     |  ________ \    ` ⌒´    ,/  ..| |          |  特に膝の上にキーボードを乗せて ノ           \  .| |          |  プレイする姿勢はロシアのトップゲーマーが /´                  | |          |   愛用することから「ロシアンスタイル」等と |    l                 | |          |    呼ばれています ヽ

    FPSゲーマー達のちょっと変わったプレイスタイル : オレ的ゲーム速報@刃
  • 技術の批判理論

    技術 クリティカル・セオリー  (1995) アンドルー・フィンバーグ著 藤正文訳 目次 第一章  序説:事象の立法府 テクノロジー、及び歴史の終焉 道具説と自立的存在説 テクノロジーの繁縛、そして解縛 「テクノロジーの批判理論」 文明的な変革 批判論的な代替案    第一部 社会主義 第二章 ミニマム主義のマルクス 搾取か支配か 労働過程の理論 三種類のテクノロジー批判 社会主義の前提条件 批判と移行 第三章 「移行」における相克 「両面価値性」の概念 社会的革命と政治革命 「代理主義」の期限 「移行」の再考 テクニカル・ポリティクス マルクス主義の限界 第二部 行為 第四章 テクノロジーの偏向 手段と目的 マルクーゼとフーコー 暗黒郷のパラドックス テクニカル・コード 隠喩としてのテクノロジー 第五章 脱工業社会の言説 コンピュータの二面性 オートメーションとイデオロギー コンピュー

    hiyokoya
    hiyokoya 2008/09/05
    アンドルー・フィンバーグ(1995)の議論のレジュメ
  • 技術との自由なかかわり

    技術との自由なかかわり 和歌山県立医科大学教養部紀要第29号、2000年3月、1〜15頁 0.はじめに [0-1]  1999年10月16日および17日の二日間にわたり、大阪大学吹田キャンパスにおいて日倫理学会第50回大会が開催された。稿は、その二日目に行われた共通課題報告「20世紀 −倫理学への問い」のセッションD「科学技術と倫理学」で筆者が行った報告「技術との自由なかかわり」である。 [0-2]  セッション・パートナーは東京理科大学教授の清水正之氏であった。清水氏は「『形而上』の知と『形而下』の知のゆくえ」という題名で報告を行われた。 [0-3]  今回の紀要掲載にあたって、論旨は改変していないが、文末表現などをあらためた。 [0-4]  稿には多量の注が付されているが、口頭発表でこれを述べることはかなわないので、大会会場においては文を読み上げるにとどめた。しかし、稿とほぼ

    hiyokoya
    hiyokoya 2008/09/05
    技術の批判理論についてのまとめ。
  • [AGDC 2007]BioWareのデザイナーが語る「オンラインゲームデザインの禅」

    [AGDC 2007]BioWareのデザイナーが語る「オンラインゲームデザインの禅」 ライター:奥谷海人 Damien Schubert氏 AGDC 2007で「Zen of Online Game Design」(オンラインゲームデザインの禅)という講義を行ったDamien Schubert(ダミアン・シューバート)氏は,現在BioWareで,新作MMORPGのデザイナーを務めている人物である。自身でも「Zen of Design」という業界向けのブログサイトを運営しており,オンラインゲームに関しては一目置かれている人物だ。 講義の冒頭で,いきなり「無の境地に入って悟りを開くという禅の思想が好きだ」と語るSchubert氏だが,その一方で「最近の開発者会議でのデームデザイン話は,まったくその境地に達していない仮定ばかりで辟易する」と,やや攻撃的な構えを見せた。それに関連し,「Ant F

    hiyokoya
    hiyokoya 2008/01/09
    プレイヤーの分類とか。
  • 「ご趣味は?」「アニメを少々」っていうのはアリだろうか - H-Yamaguchi.net

    のアニメについて、ゲームと並んで日のコンテンツ産業の代表格であると表現するのはそれほど外れていないだろう。とはいえ、国内外で評価がそれなりに高い割に商業的な成功が必ずしもついてきていないという指摘もよくあるように思う。 いろいろな専門家の方々がさまざまな提言をなされていて、改善がなされたところやらなかなか難しいところやらあるわけだが、前からつらつら思っていることがある。実現性云々はさておき、アイデアとしてとりあえずメモ的に書いてみる。しょせん素人考えだが、専門家の皆さんが考える際のネタのかけらにでもなれば、と祈りつつ。 アニメの消費というのは一種の趣味になるかと思うのだが、趣味となる類のものを他にいろいろ思い浮かべてみると、似て非なる部分があるのではないかと思う。たとえば音楽。たとえばサッカー。そういったものとの比較しての話だ。 たとえば音楽。「音楽をやる人」のピラミッド構造みたいな

    「ご趣味は?」「アニメを少々」っていうのはアリだろうか - H-Yamaguchi.net
    hiyokoya
    hiyokoya 2007/06/27
    趣味の需要が、作り手教育と連動しているという側面があるのでは、、という視点。
  • 『ウチくる?』と昇太と「落語とは何か?」:夏目房之介の「で?」:オルタナティブ・ブログ

    今日の『ウチくる?』に春風亭昇太が出てた。 この番組も好きなんだけど、今日は面白かったな。見てて何も考えないですんで楽しくなる。昇太は、ホントにフラのあるヒトだと思う。ただ何かしゃべってるだけでおかしい。飯島愛が、多分いちばんその部分に反応してた。 別に格的に昇太の落語を見たわけじゃない。もともとこういう新作系、破格系の落語にはあまり興味がない。だったら落語家じゃなくてトークでいくらでも面白いヒトいるし、という感じだったし。でも、昇太の落語は「面白い」んだよね。不思議な感じだった。あきらかに「落語じゃなさそうな」話なのに、ナゼかそのオカシさに「落語」も感じられた気がするんだよね。まぁ、あんまりちゃんと聞いてないので、無責任な印象ですけども。 ずいぶん前、 談志の立川流門下・立川藤志楼(たてかわとうしろう)こと高田文夫さんの真打昇進記念(だった気がする・・・・とすれば88年)の公演を見に行

    『ウチくる?』と昇太と「落語とは何か?」:夏目房之介の「で?」:オルタナティブ・ブログ
    hiyokoya
    hiyokoya 2007/02/04
    ジャンルを成立ささせる中心と周縁。そのせめぎ合いこそが乙だという話。「面白い! 確かに! でも、落語じゃないんだよ! これをどう考えたらいいのかが問題なんだよなぁ」という台詞はすばらしい。
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