タグ

ブックマーク / dain.cocolog-nifty.com (12)

  • 死ぬときに思い出す傑作『イギリス人の患者』

    死ぬときに思い出す小説の一つ。 あれを読めば良かったとか、これがまだ途中だったとか、未練は必ずあるはずだ。どんなに読んでも足りることはないから。そんな後悔の中で、エピソードや描写を思い出し、読んでよかったと言える作品の一つが、『イギリス人の患者』だ。 映画が公開されたときだから、20年以上前に読んだのだが、いま再読しても美しい。詩的で情緒豊かに紡がれる、四人の男女の破壊された人生の物語だ。 あらすじはシンプルだ。 第二次世界大戦の終わり、イタリア北部の半ば廃墟となった修道院が舞台となる。そこで生活を共にするのは、看護婦のハナ、泥棒のカラヴァッジョ、インド人の工兵のキップ、そしてイギリス人の患者となる。人生のわずかな期間にすれ違う男女が、自身の半生を思い出す。 ただし、けっして読みやすい、ストレートなお話ではない。 時系列は無警告で前後するし、エピソードの粒度や解像度はバラバラだ。後になって

    死ぬときに思い出す傑作『イギリス人の患者』
  • 認知言語学から小説の面白さに迫る『小説の描写と技巧』

    小説の面白さはどこから来るのか? 物語のオリジナリティやキャラクターの深み、謎と驚き、テーマの共感性や描写の豊かさ、文体やスタイルなど、様々だ。 小説の面白さについて、数多くの物語論が著されてきたが、『小説の描写と技巧』(山梨正明、2023)はユニークなアプローチで斬り込んでいる。というのも、これは認知言語学の視点から、小説描写の主観性と客観性に焦点を当てて解説しているからだ。 特に興味深い点は、小説の表現描写が、人間の認知のメカニズムを反映しているという仮説だ。私たちが現実を知覚するように、小説内でも事物が描写されている。 認知言語学から小説の描写を分析する 通常ならメタファー、メトニミーといった修辞的技巧で片づけられてしまう「言葉の綾(あや)」が、ヒトの、「世界の認知の仕方」に沿っているという発想が面白い。これ、やり方を逆にして、認知科学の知見からメタファーをリバースエンジニアリングす

    認知言語学から小説の面白さに迫る『小説の描写と技巧』
  • システム開発に銀の弾丸はないが「金の弾丸」ならある『人が増えても速くならない』

    例えばソフトウェア開発において、 人が増えても納期が短くなるとは限らない 見積もりを求めるほどに絶望感が増す 納期をゴリ押すと、後から品質はリカバリできない これを見て、「だよねー」「あるあるw」という人は、書を読む必要はない。 プログラミングは人海戦術で何とかならないし、「厳密に見積もれ」というプレッシャーは見積額を底上げするし、納期が優先されて切り捨てられた品質は、技術的負債として残り続ける。経験豊富なエンジニアなら、大なり小なり、酷い目に遭ってきただろうから。 だが、これらを理解できない人がいる。 要員を追加して、手分けしてやれば一気に片付くはず 厳密にやれば、見積りバッファーはゼロにできる 品質のことはリリース後にじっくりやればいい ……などと気で考えている。これは、ソフトウェア開発とはどういうものか、特性を知らないからだ。こんな無知な人間が経営層にいたり、顧客の代表となった場

    システム開発に銀の弾丸はないが「金の弾丸」ならある『人が増えても速くならない』
  • ルーク・スカイウォーカーの初登場までに17分もかかった理由『脚本の科学』

    面白い物語の法則として「主役はできるだけ早く登場させて印象づけろ」というものがある。 にも関わらず、最初の『スター・ウォーズ』はこのルールを破っている。小さな宇宙船を追跡する超大型戦艦から始まり、悪の親玉に捕まるお姫様を描き、辛くも脱出するロボットのコンビを描く。 メイン・キャラクターであるルーク・スカイウォーカーが出てくるのは、映画が開始して17分が経過してからになる。 一方、『スター・ウォーズ』のオリジナルの脚では、4ページ目からルークが紹介されるシーンがある。ほぼ冒頭から登場するのだが、このシーンは映画に入っていない。脚家のジョージ・ルーカスは慣習に従ってルークを冒頭で出しているが、監督のジョージ・ルーカスはそうしなかった。 なぜか? 様々な説が考えられるが、『脚の科学』によると、「その必然性が無かったから」になる。 いきなり始まる怒涛のバトル&追跡劇で息つく暇もない観客は「逃

    ルーク・スカイウォーカーの初登場までに17分もかかった理由『脚本の科学』
  • ファンタジーの最高傑作『氷と炎の歌』

    夢中にさせて寝かせてくれず、ドキドキハラハラ手に汗握らせ、呼吸を忘れるほど爆笑させ、ページを繰るのが怖いほど緊張感MAXにさせ、いしばった歯から血の味がするぐらい怒りを煽り、思い出すたびに胸が詰まり涙を流させ、叫びながらガッツポーズのために立ち上がるほどスカッとさせ、驚きのあまり手からが転げ落ちるような傑作がこれだ。 この世でいちばん面白い小説は『モンテ・クリスト伯』で確定だが、この世でいちばん面白いファンタジーは『氷と炎の歌』になる。 書いた人は、ジョージ・R・R・マーティン。稀代のSF作家であり、売れっ子のテレビプロデューサー&脚家であり、名作アンソロジーを編む優れた編集者でもある。 短篇・長編ともに、恐ろしくリーダビリティが高く、主な文学賞だけでも、世界幻想文学大賞(1989)、ヒューゴー賞(1975、1980)、ネビュラ賞(1980、1986)、ローカス賞(1976、1978

    ファンタジーの最高傑作『氷と炎の歌』
  • 人工衛星から遺跡を探す『宇宙考古学の冒険』

    Wikipedia ”Cropmark” より かつて、そこには石壁や住居の基礎があった。そうした構造物は、長い時間をかけてゆっくり土に埋もれてゆく。 地表に牧草などが根付いた場合、その根は深く伸びることができない。そのため、牧草の生育が悪くなり、上空から見ると、奇妙な模様が浮かび上がる(考古学で、クロップマークと呼ぶ)。 Wikipedia ”Cropmark” より クロップマークは、航空写真で確認できる。 だが、もっと微妙な、植生の健康状態の違いは、近赤外線データから読み取ることになる。人の目には同じに見えるが、近赤外線画像だと、クロロフィル(葉緑素)の違いは、赤色の違いによって判別できるからだ。 宇宙から遺跡を探す この発想を広げて、人工衛星から撮影した画像データを元に、地下に眠る遺跡を探すのが、宇宙考古学になる。 単なる解像度の高い写真ではない。地上 640km から撮影された電

    人工衛星から遺跡を探す『宇宙考古学の冒険』
  • この本がスゴい!2019

    人生は短く、読むは多い。 毎年この時期、自分のリストを振り返るのだが、読みたいが尽きることはない。読むほどに、知るほどに、知識と理解と表現の不足を痛感する。 それでも読むし、ここに書く。読むことで豊かになり、書くことで確かになるというのは当で、読んでいるときに何を知りどう考えていたかは、書くことでハッキリする。 つまり、自分で分かるために書いているのだ。フランシス・ベーコンは、話すことで機敏になるとも言ったが、わたしの場合、話すことで世界が変わった。[スゴオフ]や読書会、[冬木さんとのSF対談]や、読書猿さんとの知をめぐる対談[1][2][3]で、世界の見え方が変わった。 読書会や対談は今後もしていくが、そこで紹介されたや、2019年に出会ったの中から、わたしにとってのベストを選んだ。これが、あなたにとってのスゴとなれば嬉しい。そして、このリストを目にしたあなたが、「それがス

    この本がスゴい!2019
  • 刺さる鈍器『フラナリー・オコナー全短篇』

    ひとつひとつ読むたびに、重いもので殴られる感覚なので、感情が丈夫でないと辛い。それでいて、胸の奥まで抉り込まれた痛みが、一生刺さったままになる。O.ヘンリーの驚きと、ミヒャエル・ハネケの悪意の、幸福な結婚を味わえる。 最高に嫌になれる「善人はなかなかいない」は、人生で3回読んだが、3回とも感情が違う。わずか20ページと少しなのに、一生刺さったままになるだろう。 「善人はなかなかいない」は、おばあちゃん、息子とと子の家族が、自動車旅行に出かけた先で、大変な目に遭う話だ。 初読の感情 最初に読んだときは、驚いた。これで終わりにできるのか、と唖然とした。なにかの間違いであってほしいと願った。だが、どんなに目を凝らしても間違いはなく、運命は無慈悲だ。 2回で変わる 次に読んだときは、おばあちゃんに注目した。イエスキリストを信じ、自分を善なる存在だと疑わない。独善的という言葉がぴったりだが、そう言

    刺さる鈍器『フラナリー・オコナー全短篇』
  • 山が好きだからといって善人とは限らない『闇冥』

    三大「〇〇好きに悪人はいない」のカウンターができた。 犬好きに悪人はいない → 『冷たい熱帯魚』 子好きに悪人はいない → 『IT』 山好きに悪人はいない → 『闇冥』 最初は、埼玉愛犬家連続殺人事件をベースにした映画園子温・監督・脚で、猟奇殺人事件に巻き込まれた男を描いたホラーだ。死体解体など凄惨なシーンもあり、R18+に指定されている。 次は、殺人ピエロの異名を持つジョン・ゲイシーから想を得た小説。みんな大好きスティーヴン・キングの長編で、映画にもなっている(リメイクされたハイ! ジョージーが有名やな)。怖さなら小説を、おぞましさなら、実話のほうWikipedia[ジョン・ゲイシー]をお薦めする。 最後は、今回お薦めの山岳ミステリアンソロジー。馳星周が選んだとあって、ノワールなやつから悲哀に満ちた作品までさまざま。ここでは、山岳ミステリの傑作とも言われる、松清張「遭難」について紹

    山が好きだからといって善人とは限らない『闇冥』
  • 『会計が動かす世界の歴史』はスゴ本

    シャーロック・ホームズの金銭感覚や、ダーウィンの資産活用から、会計と革命の意外すぎる関係、複式簿記から解き明かす知性の進化など、歴史を縦横に行き交い、ミクロからマクロ経済まで自在にピントを合わせながら、人類の歴史を損得の視点から紐解く。 パッケージから、最初は「簿記の歴史」や「会計の世界史」という印象を持った。だが、書の焦点深度はもっと広い。そして、めちゃめちゃ面白い。これは、お金と人との関わり合いをドラマティックに描くだけでなく、それを通じて「お金とは何か」ひいては「価値とは何か」についても答えようとしているからだ。 「お金」が人を作った? 誤解を恐れずに言うと、「お金」が人を作ったといえる。 逆じゃね? と思うだろう。壱万円札を作ったのは人だし、その紙に「壱万円分の価値がある」(ここ重要)と信じているのは人だから。なぜ壱万円に壱萬円分の価値があるかというと、壱萬円の価値があるとみんな

    『会計が動かす世界の歴史』はスゴ本
  • 苦しまないと、死ねない国『欧米に寝たきり老人はいない』

    せめて、死ぬときぐらい安らかに逝きたい。 だが、現代の日では難しいらしい。老いて病を得て寝たきりになっても、そこから死にきるためには、じゅうぶんな時間と金と苦しみを必要とする。寝たきりで、オムツして、管から栄養補給する。痰の吸引は苦しいが、抵抗すると縛られる。何も分からず、しゃべれず、苦しまないと死ぬことすらままならない。 タイトルの「欧米に寝たきり老人はいない」理由は、簡単だが単純ではない。というのも、「寝たきりになる前に(延命治療を拒否して)死ぬから」が答えであることは分かっていても、なぜ「延命治療を拒否する」ことが一般化しているか明らかでないから。書によると、数十年前までは日と同様に、終末期の高齢者に対し、濃厚医療が普通だったという。欧米では、これが倫理的でないという考えが広まり、終末期は「べるだけ・飲めるだけ」が社会常識になった。金の切れ目が命の切れ目。高齢化社会に伴う医療

    苦しまないと、死ねない国『欧米に寝たきり老人はいない』
  • コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』

    「嘘つきは経済学者の始まり」という諺があるが、コンサルタントも入れるべき。 中の人として働いたことがあるので、その手法は分かってる(まとめ:[そろそろコンサルタントについて一言いっておくか])。だから書は、徹頭徹尾、黒い笑いが止まらない。騙される幹部が悪いのだが、振り回される社員はたまったものではない。ファームであれジコケーハツであれ、理論武装を「外」に求める人は、予習しておこう。あるいは、コンサルティングを「説得の技術」と捉え、逆にそこから学ぼう。 書は、マジシャンが種明かしするようなもの。コンサルタントの方法論である「適応戦略」や「最適化プロセス」「業績管理システム」は、役に立たないどころか、悪影響にもなると暴きたてる。著者は経営コンサル業界で30年も働いて、いいかげんこの「お芝居」にウンザリして、懺悔の名を借りた曝露を出したという。その具体例が生々しい&おぞましい&あるある。

    コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』
  • 1