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ブックマーク / gitanez.seesaa.net (12)

  • 早く多く間違えよう: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 土曜日のデザイン思考のワークショップで、また1つ気づきがありました。 それは「早く多く間違えると、進展は早い」ということです。 今回のワークショップでも、例によって2チームに分かれて、それぞれおなじ課題をやってもらいました。 大抵の場合、そうなるのですが、どういうわけか、2チームに分けると片方の出来がよく片方がわるいという結果になるんです。なぜだかわからないんですが、大抵はそういう結果になる(これが3チームだとそうならない。なんでだろ?)。 ところが、土曜日のワークショップでは、いままで以上に2チームの差が大きかったんです。それは片方がいままでと比べて著しく出来が悪かったからではなく、片方がこの手のワークショップをやって以来、はじめてというほど、出来がよかったからなんです。

  • 自分は粘り強さ、継続性が足りないなと感じる人のための3つの処方箋:DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 粘り強さというか、継続性というか、とにかく自分がやると決めた事柄を最後までやり遂げられない人が多いような気がしています。 もっともらしくやりたいことや意欲を口に出すのはいいんですけど、結局、それが具体的な活動に落ちていかないし、たとえやり始めたことがあっても続けられません。なんでそうなってしまうのか、僕にははっきりとその理由はつかめていませんけど、とにかく具体的な活動を継続して積み重ねることでしか結局のところ何も身に付かないし結果も出ないんだということが理解できていないのでしょう。それにゆえに継続性の価値、粘り強い忍耐力をもって事にあたるということに価値を見いだせないのかもしれませんね。 途中でやめるということがカッコ悪いことだという認識がないんだと思います。 僕は自分でや

  • 自分は引き際の良さ、時機の見極めができてないなと感じる人のための3つの処方箋: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 「自分は粘り強さ、継続性が足りないなと感じる人のための3つの処方箋」に続いて、こちらもご要望があったので、いい機会なので自分の考えをまとめてみようか、と。 引き際の見極めができるようになるための3つのポイントとはいえ、まずは「粘り強さ、継続性」がない人は「引き際の良さ、見極め」もできないんだと思うんですよね。つまり、タイミングが読めないんです。どこで引くか/引かずに続けるかというタイミングというものが見えない。なので、イヤになっちゃってやめるか、いつまでもグズグズ引き延ばすか、いずれかになってしまうのでしょう。 しかも、その時点で辞めやすければ辞めるし、辞めにくければ辞めないというだけ。いずれにしても、あんまり自分の意志じゃないんですね。引き際も継続性もあったもんじゃない。

  • なぜ量が質を生み出す可能性を持っているのか?: DESIGN IT! w/LOVE

    ある陶芸のクラスで、質を追求するグループと量を追求するグループに分けたところ、実際に質の良い作品が数多く見られたのは、量グループだったという話。 質を求められていたのは「質」グループのはずだったのに,なぜ質を求められていなかった「量」グループの生徒たちが,質で上回る結果になったんだろう? これが事実として成り立つからこそ、ブレインストーミングでもアイデアの質より量を問うんですよね。このブログでも、再三にわたって「まずは手を動かそうよ」といってるのもそういうこと(cf.「小さなアウトプットの蓄積で完成形を生み出すための5つのプラクティス」「みんなで手を動かしながら考えるということを図にしてみました。」)。 先の記事中にも「質」より「量」が結果として「質」を生む理由として「多くの作品を作り出す過程において失敗を繰り返し、その失敗から多くのことを学ぶことができた」と書かれていますが、そのことにつ

  • 本を読んだり、他人の話を聞いただけで、何をわかろうというのですか?: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 を読んでわかるようになりたい。誰かに教えてもらってわかるようになりたい。そういう声はよく聞くし、ブログでもよく見かけますが、果たして、そういう方法・姿勢でわかるようになることなんてあるのだろうかと常々疑問を感じています。 わからないことは誰かに教えてもらう、という方法自体は間違っていないと思うのです。 でも、その「教えてもらう」手段として、を「読む」、誰かの話を「聞く」という具合に、言葉に完全に頼りきっているのはいかがなものか? 未経験者が相手なら、言葉だけではレシピくらいしか伝えられない言葉で教えられるのなんてレシピ程度だと思うのです。 とうぜん、レシピだけわかっても料理をうまく作ることはできません。うまく作るためには自分で何度か実際に料理をしてみて、あー、こうすれば

  • 恋愛上手とユーザー中心のデザイン: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 しばらく前から、ユーザー中心デザインって結局、恋愛上手になるのと似てるなと思いはじめています。 まず恋愛上手/下手に影響を与えるパラメータってこんな感じで4つに分類できるかな、と。 インプット力:相手に興味を持ち、どれだけ相手を知ることができるかアウトプット力:相手の望みに応えるためのアウトプットをどれだけ提供できるか基スペック:アウトプット力の範囲外である基性能(容姿、年齢、収入)経験値・価値観:アウトプット力の範囲外で、かつ基性能的でないもの(その時点での経験値、趣味や好み、志向性や価値観など) この4項目のうち、基スペック自体は自由に変えられるものではないですよね。基スペックを相手が重視する場合であれば、いかなる恋愛上手でもいかんともしがたい場合はあるでしょ

    ihmaiwtd
    ihmaiwtd 2008/07/04
    ちゃんと読んでないけど
  • クリエイティブになるための1つの視点: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 「どうなったらクリエイティブになれるのか」。 couldの長谷川さんが「クリエイティブになるための4つの視点」というエントリーを書いていますが、僕は心がけるのはたった1つでいいと思う。 それは 外部と能動的に関わることで変化を生み出そうと心がけること です。 外部と能動的に関わることで変化を生み出そうと心がける「外部」といってるのは、人でもモノでもいいと思います。ただし、わざわざ外部といったのは、自分とは異質なもの、違うものである必要があると思うからです。できれば、違うだけでなく似ていた方がいい。差異と同時につながりもあったほうがいい。完全に外部を客観化してしまうのではなくて、自分もその中にいれた形で「外部」を見つめられるといいと思う。「自分を含む環境」というものに能動的に

  • 機会がないとか経験がないとかいうけれど: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 「機会がないからできない」「経験がないからわからない」 まぁ、間違ってはないですね。 でも、そう思うなら機会を作るため、経験を積むため、行動してるの?っていうと、そうじゃない人が多い。何それ? 「できない」「わからない」って言うために「機会」とか「経験」のなさを口実にしてるだけなのかなって不審に思ってしまいます。 毎度のことですけど、行動力がないな、臆病すぎるよなって感じます。 わかってからやろうとするな、わかる前だからやれとにかく、わからないからやらない、動かないって傾向がある人が多いのかなと思います。 でもね、わからないのは動かないからだよって思うんですね。 恋愛とかでもそうじゃないですか? 出会いがないとかいうけど、それって自分で積極的に行動しないからってところが大き

    ihmaiwtd
    ihmaiwtd 2008/06/20
    Winston Churchill / Success is the ability to go from one failure to another with no loss of enthusiasm.
  • 苦手だと認識したら克服する努力をしてみる:DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 基的には、得意なものを伸ばすほうに力を入れたほうがいいと考えてますが、それでも、自分はこれは苦手、でも、それができたほうがいいよなと認識した場合には、それを克服する努力はしたほうがよいと思っています。 身に着けるスキルはT字型にざっくりというと、身に着けているスキルは、こんな風なT字型に自分の得意分野は深く、さらにできるだけ幅広さをもったスキルを身に着けておくと何かと都合がよいはずです。 T字型にスキルを身に着けると、主にこんな都合のよさがあるでしょう。 自分でできることが広がる他人に頼む場合でも話が早い他人が何をやってるか理解しやすくなるので、自分が何をしなきゃいけないか判断しやすい 苦手なことって、なかなかやる気がしないとは思います。でも、苦手と思っていることのほとん

  • 不勉強さの自己検証: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 学ぶ必要があるのに学ぼうとしないこと。 覚える必要、できるようになる必要、理解する必要があるのに、そのための勉強を怠ること。 いや、人には怠っているつもりはなくても、を読んだりセミナーに顔を出したりするだけで自分は勉強しているというつもりになってしまうことはあるでしょう。 人はそんなつもりはなく、むしろ自分はやっていると思っているのに、結果として不勉強丸出しで、役に立たなかったり。 どうして、そんなギャップが生まれてしまうんでしょうか。 進んで実践に身を投じないといけないそれはテキストとして書かれた情報と実践の場にある情報にそもそもギャップがあるからです。テキストのうえの情報量と実践の場で起こることの情報量の圧倒的な差異に気づいていないのです。 たいていのひとは実践の

  • Webサイトのツリー構造とコンテンツのメタ情報、そして、ナビゲーション:DESIGN IT! w-LOVE

    この一覧を階層構造的に分類していくのが、Structure段階でのインフォメーション・アーキテクチャのタスクの1つです。 その際、コンテンツ分類を行なう際に意識するものとしては、以下のようなものがあげられるでしょう(これがすべてではありません)。 ターゲット別(個人顧客、法人顧客、株主・投資家、マスコミ、学生など)コンテンツ内容別(製品カテゴリー別、サポート情報、FAQなど機能/非機能コアコンテンツ/サブコンテンツ(企業の基情報とスペシャルコンテンツ、ブログなど)時系列で並ぶもの/そうでないもの分類は現実のモデルを反映しているか? 一般的に認知されているものを想起させるか? もうひとつインフォメーション・アーキテクチャを考える際に行なっておくべきことは、コンテンツにどのようなメタ情報を付与するかでしょう。 メタ情報を付与することで、先のコンテンツの階層化による分類を越えて、コンテンツ間を

  • 自分の基盤を考えながらつくること: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 昨日の「最初にパッと<映像がしっかり浮かばない>と」に関連した話ですけど、勉強をするのにも、情報収集するのにも、自分の基盤となるものがないとダメだと思っています。 普段からどれだけ自分なりの問題意識をもって物事を考えているか、何かをインプットする場合に自分の基盤になるものと照らし合わせてそれがどのような関係にあるか、ということです。 基ができていれば、同じようなことを考えているほかの人のアウトプットをみた場合でも、どのような考えでそういうアウトプットをしたのかがパッと見でもなんとなくわかります。絵が浮かぶはずです。 即座に絵が浮かぶから、それをベースに応用することもできる。つまり、アウトプットが早いんです。 もちろん、その時点では借り物ですので、それを再度自分のものにする

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