薄ぐもる夏の日なかは 愛欲の念(おもひ)にうるみ 底もゆるをみなの眼(め)ざし、 むかひゐてこころぞ悩む。 何事の起るともなく、 何ものかひそめるけはひ、 執(しふ)ふかいちからは、やをら、 重き世をまろがし移す。 窓の外(と)につづく草土手。 きりぎりす気まぐれに鳴き、 それも今、はたと声絶え、 薄ぐもる日は蒸し淀む。 ややありて茅(かや)が根を疾(と)く 青蜥蜴(あおとかげ)走りすがへば、 ほろほろに乾ける土は ひとしきり崖をすべりぬ。 なまぐさきにほひは、池の 上(うは)ぬるむ面(おも)よりわたり、 山梔(くちなし)の花は墜(お)ちたり、―― 朽ちてゆく「時」のなきがら。 何事の起るともなく、 何ものかひそめるけはひ、 眼(ま)のあたり融(と)けてこそゆけ 夏の雲、――空は汗ばむ。 蒲原有明の『夢は呼び交す』には、思わず書き写したくなることばが、あちらこちらに見える。たとえば、いわく