俳句はどんな形でスペイン語圏に伝わり、その詩にどんな影響を及ぼしたのか。 これまでの研究では、俳句はフランスなどでの広範な流行にかなり遅れて、 断続的にスペインに入ったと考えられていた。だが、陸続きのヨーロッパでそのようなことはあり得ない――スペイン語とカタルーニャ語に精通し、現地の文化と風土を肌で感じてきた著者が、長詩を主流とするスペインの詩に俳句という究極の短詩がいかに受容されたかを、当時の文学書はもとより雑誌や新聞、詩人たちの日記や書簡などを渉猟して、こまやかに読み解く。 序 章 パスの功罪 第一章 俳句受容の玄関口――パリとロンドン―― 一 パリのスペイン詩人たち 雑誌『メルキュール・ド・フランス』とフアン・ラモン・ヒメネス/カタルーニャの先駆者ジュゼップ・カルネーとアウジェニ・ドルス/ディエス=カネドと荒木田守武の句/エンリケ・ゴメス・カリージョの「詩の心」/アントニオ・マチャー