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家族と歴史に関するkaerudayoのブックマーク (11)

  • 長男と女性は大学に行かせないことが常識だった、1965年ごろの長野県山村の話 - 自意識高い系男子

    togetter.com ↑元の話題とはあんまり関係ないんだけど、一連の地方と学歴の話の中でふと思い出した話題があったので今日はその話でも。 私の母方は兄母弟の3兄妹なんだけど、みんなそろってとても頭がよかったらしく、実際、弟は早稲田大学を卒業している。その弟氏曰く、「勉強では兄ちゃんと姉ちゃんにはとても敵わなかった」とのことなんだけど、その早稲田弟よりも優秀だったらしい「兄ちゃんと姉ちゃん」は高卒だ*1。 これはなぜかというと、母の実家である長野県山村では、当時(1965年ごろ)長男は農家を継ぎ女性は嫁に行くというのが人生の既定路線だったから。どうせ家を継ぐのに、どうせ嫁に行くのに、学歴なんてあってもしょうがない。当時、母の父(私の祖父)はじめ田舎の人間たちはそう考えていた。 当時の田舎の常識に照らし合わせて考えてみれば、確かにこれは合理的だったのだと思う。農家の仕事をするのに学歴なんて

    長男と女性は大学に行かせないことが常識だった、1965年ごろの長野県山村の話 - 自意識高い系男子
    kaerudayo
    kaerudayo 2021/06/07
    ちなみに戦前だと、長野には、おじろく、おばさとかね、次男三男は都会に逃げるしかない、もっと恐ろしいしきたりが、あったんだな。
  • 臆病な祖母

    ここ数日、祖父母の戦争体験を語るエントリが多くあったので私も思い出した。 こわがりな祖母が聞かせてくれた沖縄戦の話 祖母は沖縄県中部の農村に生まれた。物心つく頃には労働力として畑にかり出され、毎日サトウキビの世話をさせられたらしい。 毎日畑と学校と家の往復で忙しかったけれど、それなりに楽しい幼少期を過ごしたそうだ。 だが中学に入学したあたりでそれまでの環境が一変した。 突然学校でウチナーグチ(沖縄の方言)を話すことを全面的に禁止されたのだ。ウチナーグチは土の人間からすれば全く何を言ってるのか分からない未知の言語であるため、 こんなものを日語と認めるわけにはいかん、正しい日語を身につけさせお国に尽くす青少年を育成せよとのお達しが来たのだ。 日常会話の全てをウチナーグチに頼ってきた当時の子供たちはかなり戸惑ったそうだ。ウチナーグチがポロっと出ただけで教師に襟首を掴まれ、 ほかの生徒たちが

    臆病な祖母
  • 「葬式に誰も来なくなるよ」

    めんどくさい。 職場の飲み会、入社してから10年ほど、歓送迎会と忘年会の年五回くらいの飲み会にはほぼ参加していた。 が、体力が曲がり角を迎えたことで、何もかもすべての飲み会はお断りすることにした。 別に仕事仕事で普通に回るので、出なくなってから仕事で困ったりは一切ない。 飲み会に出ないから仕事上の連絡をしない、とかいう無能な社員は幸いなことにうちの会社にはいない。 しかし、そんなことをしていたら親から「そんなことをしてたら葬式誰も来なくなるよ」と言われた。 そうだなー、たしかにそうかも。 でも別に死んでるじゃん? 誰も来なくても知る由もなくね? 結婚してるから私が死んだら喪主は旦那になるんだろうけど、 来なかったからと言って誰か困るんかな? 子供は一生持たないと決めてるから旦那より長生きしたらそもそも葬式やってくれる人いなくて、無縁仏だし。 旦那も私も兄弟いないから、甥っ子とかにお金渡し

    「葬式に誰も来なくなるよ」
    kaerudayo
    kaerudayo 2017/01/31
    父親の希望、葬式には誰々を呼べは守った方がいい。これは絶対。それで知ること、救われること、たくさんあるから。
  • 郊外住宅地の見えない空き家 NHKニュース

    転機を迎えた郊外住宅地 「もっと若い人にここに移り住んでもらって、かつての活気を取り戻したい」 私たちが訪ねたとき、多くの住民からこうした声を聞きました。確かに広い庭や緑豊かな公園は、子育てには理想的な環境です。 しかし、いくら空き家があっても、地元の若い子育て世代が簡単に手を出せる価格ではありません。また、厳しい建築協定が結ばれているため、土地を分割して売却したり、アパートなどの集合住宅を建てたりすることもできません。良好な環境を維持するための配慮が、かえって若い子育て世帯が移り住むことを阻んでいるのです。 住民の1人は「地域のスーパーは閉店し、中学校も来年には統廃合されます。今は元気だからまだいいですが、10年後、20年後を考えると、このまま住み続けることができるのかどうか、当に不安です」と話していました。 明治大学文学部の川口太郎教授は、日の郊外住宅地は、大きな転機に立たされてい

    郊外住宅地の見えない空き家 NHKニュース
    kaerudayo
    kaerudayo 2014/11/11
    今日まさにそういう横浜の郊外を歩いてきたが……家は立派なのに、人がいなかったなぁ。
  • 家族を殺害したナチスのマスコットになった少年、50年後に真実を語る

    ナチスのマスコット・ボーイだったアレックス・クルツェム(Alex Kurzem)さんの写真(1944年に撮影、2007年9月2日公開)。(c)AFP 【9月24日 AFP】5歳の時に目の前でナチス・ドイツに家族を殺されたユダヤ人の少年が、終戦まで、ナチスのマスコット・ボーイを務めていたという実話が人により明らかにされた。 この人物はアレックス・クルツェム(Alex Kurzem)さんで、終戦までナチスのラトビア親衛隊(SS)のマスコット役を演じていた。事実上の保護者となったナチス兵士にユダヤ人であることを知られまいと必死に身元を隠したクルツェムさんは、終戦後も50年以上、このことを誰にも話さず、つい最近、息子のマーク(Mark)さんにすべてを打ち明けた。 秘密は「骨の中の毒蛇のように自分をさいなんだ」と語るクルツェムさん。戦後移住したオーストラリアで、自分の体験をつづったを出版した。

    家族を殺害したナチスのマスコットになった少年、50年後に真実を語る
    kaerudayo
    kaerudayo 2014/03/22
    「わたしは彼らを楽しませた。小さな少年が制服を着てナチスの敬礼をしてみせるとみんな笑った」
  • ものがたり - リツエアクベバ

    来月、娘の通う作業所で、今年度二度目の面談がある。一度目の面談は5月だったと思う。法人の方針や娘の様子など。ふと話題が途切れた時に「こんなことがあったんです」とわたしは話し出した。別にここで話さなくてもいいことだったかもしれない。でも、なんとなく誰かに話してみたかったのかもしれない。 娘が生まれて、闘病があり、家で生活するようになって。その頃だから21年前くらいの時に、ある方から一通の手紙が届いた。もう手元には残ってはいない。多分捨てたんだろうと思う。その捨てた時にどんな感情をもって捨てたのかももう覚えていない。多分忘れたかったのかとも思う。 それは父の郷里の人間からだった。「そういう子を産んだら、もうこちらには来ない方がいい」と書いてあった。娘を生んで初めて手にした、知的障害に対しての差別らしい差別だったと思う。「配慮」という衣を着てそれは突然現れた。 わたしは両親にその手紙と内容を伝え

    ものがたり - リツエアクベバ
  • 追悼・三國連太郎さん:徴兵忌避の信念を貫いた(特集ワイド「この人と」1999年8月掲載)- 毎日jp(毎日新聞)

    kaerudayo
    kaerudayo 2013/04/16
    「関わりのない人を殺したくない」と徴兵忌避か。失敗した後の顛末も壮絶。すごいや、あの眼光はそんな生き方してきたからなんだね。
  • 家族を規定したのが「なるちゃん憲法」: 極東ブログ

    先日家族史関連の与太話を書いたおり、古代や中世にも家族はあったみたいな反論を貰うかなとは予想していた。だって奈良時代に戸籍があるじゃないのとか、貴族や名家には父母がいるではないかみたいな。古代の戸籍についてはその実態を調べてもらえば問題の所在がわかるだろうからそれはさておき、古代や中世でも父母と暮らして云々というあたりはちょっと補足というか与太話の延長をしてみたい。 単純な話、古代や中世の「母」が子供を育てていたかということだ。いうまでもなく、乳母(めのと)が育てていた。母乳を与える女がやってきて育てるのである。女性が母乳を出せるのは実の子を産んだ期間に限られることからわかるように、乳母は自分の赤ん坊も一緒につれてくることがある。するとどうなるかだが、乳兄弟というのができる。また、乳母は女ではあるがそのまわりの世話役の男なんかも付いてくることもある。 こういう貴族や名家に乳母をほいほいと手

    kaerudayo
    kaerudayo 2012/11/01
    「長じたなるちゃんの家庭が象徴しているものも、まさに現在の国民の家庭の姿に思える」 うん、うん、嫁姑の距離とか、子育ての方針とか、下々も悩むようなことを味わっているんだろうなぁとか。
  • 日本に家族なんてものはなかったし、結婚もなかったんですよ: 極東ブログ

    NHK大河ドラマ「平清盛」が面白い。が、これは現代の物語だなと思わせるのは、白河法皇の血脈と氏族の親子関係みたいな部分だ。血脈は所詮ファンタジーなのでどうもよいが、物語の、親子関係というか親子の愛情の描写を支える心情は実に近代人のそれであり、近世から現代の家族観を反映しているにすぎない。あの時代にそういう心情はなかっただろう。 物語なんだから、それで悪いというわけではない。古代・中世の親族構成というのは、なかなか現代人の感覚からはわからないものだ。昨日、近世日の家族の与太話を書いたが、これも機会かもしれないので補足しておこう。 村落の皆婚化が進んだのは江戸時代中期であった。なぜかという理由に、とりあえず生産力向上を挙げ、さらにその背景に統治の安定を挙げた。基的に江戸時代初期は統治が安定に向かう時代だといえるし、その理由も自明のようだが、踏み込むと考えさせらることがある。 昨日のエントリ

    kaerudayo
    kaerudayo 2012/10/31
    権力者に半隷属した農民たちは、財扱いなんだなぁ。そう考えると、山椒大夫の人買いとか理解できる。
  • 縄田康光「歴史的に見た日本の人口と家族」『 立法と調査』 2006.10 No.260

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    kaerudayo
    kaerudayo 2012/10/30
    「歴史的に見た日本の人口と家族」
  • 作ってみました。『ナチスのキッチン』 - HONZ

    商売柄、台所に立つことは多いが、こんなに深遠な場所であったとは知らなかった。 まず、台所は人間の「外部器官」である、と著者は言う。人間は他の生物をべて生きているわけだが、そのまま生できるものを除けば、基的に切り刻んだり、火を通したりしてべる。すなわち台所は、この工程を担う、人間の体外にある最初の「消化器官」であるととらえるのだ。これは逆に言えば、台所は生態系のもっとも人間社会に近い中継地点ということになる。自然を加工し、その栄養を摂取する最終地点であると同時に、体内から飛び出した人間の器官なのである。 そう考えると、原始時代、火を手に入れた人間が、焚き火で炙ってべる、その火こそが、消化器官としての台所の原型とも言えるだろう。そこから「信仰、畏怖の対象としての台所」という視点が出てくる。ギリシアのオリンポス12神のヘスティア、日の庚申様など、台所には「竈神」がおり、古代ゲルマンで

    作ってみました。『ナチスのキッチン』 - HONZ
    kaerudayo
    kaerudayo 2012/06/13
    ナチの合理性の追及には、狂気の匂いを感じるなぁ。
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