無珍先生がドイツに帰還して3ヶ月半になる。彼は結局、1年を日本で過ごしわたしのもとに戻ってきた。戻ってきた、というよりも、あれやこれやの大人の事情で戻すことにした、というのが正しい。5歳の子供はまだ、悲しいほどに素直で泣きたくなるほど大人の言うなりなのである。実質上の母親である義理の妹との別れも、意外なほどあっさりしたものだった − というよりも、別れの悲しみという表象はまだ彼の中に確立していないのかもしれない。わたしが一年前、彼にしばしのわかれを告げた時に、表情もかえずにナミダだけボロボロと流したように。悲しみもまた、人間が学ぶなにがしかの表象なのである。 一年経って彼はすっかり少年になった。細いからだから弾けるようなエネルギーで突然走りだし、みるみる遠くまで走っていった向こう側から手をふって「はやくきてよ」せかす。そうかと思うと、先を行くわたしに「待ってっていっているでしょ」と半泣きに