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選挙に関するkakonisayonaraのブックマーク (2)

  • 敗北の立憲、党内で強まる反発 枝野代表らの責任論も噴出 | 毎日新聞

    中継インタビューの合間に汗を拭う立憲民主党の枝野幸男代表=東京都港区で2021年10月31日午後10時28分、前田梨里子撮影 立憲民主党は衆院選で、公示前から14議席減らす96議席(小選挙区57、比例39)にとどまった。共産党などとの共闘で議席増を狙った立憲だが、辻元清美副代表が大阪10区で敗れ、比例復活もできずに落選するなど、勢力を減退させ、大きなダメージを受けた。党内では枝野幸男代表ら党執行部の責任を問う声が噴出し、党は2日に執行役員会を開き対応を協議する。福山哲郎幹事長は1日午前、記者団に「党執行部として選挙結果に責任がある。私自身の対応について腹を決めている」と述べた。 立憲、共産など野党5党は213選挙区で候補者を一化した。だが、立憲は比例で前回の旧立憲の37議席を2議席上回ったものの、小選挙区で小沢一郎、中村喜四郎両氏ら重鎮が敗北するなど苦戦が目立った。

    敗北の立憲、党内で強まる反発 枝野代表らの責任論も噴出 | 毎日新聞
  • 野党再編の歴史から考える、立憲民主・枝野代表の「野党共闘」呼びかけの意義 « ハーバー・ビジネス・オンライン

    立憲民主党の枝野幸男代表は12月6日、会派を共同する政党・グループに対し共闘を呼びかけました。それを受け、国民民主党や社会民主党などは、立憲民主党との具体的な調整に入りました。これについては、ジャーナリストの尾中香尚里さんが『「桜を見る会」問題の裏で進むか野党「合流」立憲民主「申し入れ」の意味を読み解く』で的確に解説されています。 論では、野党(非自民勢力)による再編の歴史から、この呼びかけを考察します。 始まりの始まりは、1989年の参議院選挙における「連合の会」でした。日労働組合総連合(連合)を母体として、社会党・公明党・民社党・社民連などの非自民・非共産勢力が、一致して参院選挙区に候補を擁立し、11人を当選させました。それから、野党再編の平成政治史が始まりました。 始まりの終わりは、1994年の新進党結党です。1993年の細川政権(非自民・非共産の8党派連立政権)を経て、社会党と

    野党再編の歴史から考える、立憲民主・枝野代表の「野党共闘」呼びかけの意義 « ハーバー・ビジネス・オンライン
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