ブックマーク / umedamochio.hatenadiary.org (40)

  • ドッグイヤーで生きること、そしてそのスローダウン - My Life Between Silicon Valley and Japan

    ドッグイヤー、七倍速。 軽い気持ちで使う分にはいいのだが、真剣に考えると、この言葉はおそろしい。 1996年に生まれたジャックが、13年後の今2009年には、年老いて、足が少し弱り、寝ている時間が長くなった(相変わらず最高にかわいいけどね)。 それが物のドッグイヤーだ。 僕が1994年にシリコンバレーに来て以来、このドッグイヤー・スピードに人間や組織はついていけるのだろうか、ついていけなければ負けるのだろうけれど、ついていけたとして何年くらい持つのだろうか、ということをずっと考えてきた。90年代から何度も何度もそのことを書いてきた。 短距離走のスピードを落とさずにマラソンを走ることができるのか、仮にできたとして何キロのところで倒れるのか、というような問いである。 途中で倒れる人や組織はたくさん見てきた。 異様なスピードで成長するベンチャーの草創期に四年間籍を置き、その間働きづめで、通勤途

    ドッグイヤーで生きること、そしてそのスローダウン - My Life Between Silicon Valley and Japan
    kennak
    kennak 2009/03/29
  • 「世界観、ビジョン、仕事、挑戦――個として強く生きるには」講演録(JTPAシリコンバレー・ツアー2008年3月6日) - My Life Between Silicon Valley and Japan

    (1) 時代観――無限の選択肢のある時代 僕が大学を出たのは今から25年前の1983年です。1983年に大学を卒業する人と、2008年に大学を卒業する人とでは、全く違う人生が広がります。おそらく、さらに25年後に大学を卒業する、みなさんの息子や娘の世代も、まったく違う環境のなかに生きることになります。みなさんは、だいたい二十代、つまり1977年生まれから87年生まれくらいだと思いますが、そのくらいの時期に生まれたということが、人生を大きく規定しています。そのときに使えるリソース、その時点で可能になっていることがある。1960年生まれの僕とは全く違う可能性をみなさんはもっています。それがまず第一にうらやましい。なぜならば、圧倒的に自由度が大きいから。1980年代の前半というのは、それほどカジュアルに海外に行くという時代ではなかったし、日はもっと貧しかったし、海外に留学する敷居の高さも、今と

    「世界観、ビジョン、仕事、挑戦――個として強く生きるには」講演録(JTPAシリコンバレー・ツアー2008年3月6日) - My Life Between Silicon Valley and Japan
  • 「しないことリスト」で考えてほしいこと - My Life Between Silicon Valley and Japan

    日経ビジネス・アソシエ2月19日号は、「できる人の「しないことリスト」」という特集だ。僕も常々「やめることを決める」大切さを主張しているので、興味を持って読んでみたのだが、非常に面白い発見をしたので、ここでご報告しておこう。 松大(マネックス・ビーンズCEO)と川裕子(早稲田大学教授)の「しないことリスト」を比べることで考えよう。 まず松の「しないことリスト」は、 (1) よく分からない人とはつき合わない。 (2) 苦手な人とは事しない。 (3) 中華料理べない。 (4) 風邪薬を飲まない。 (5) 大切なことを夜に判断しない。 (6) 悩みすぎない。 である。 では川の「しないことリスト」はどうか。 (1) 夜の宴席には出席しない。 (2) ショッピングで迷わない。 (3) 表裏を作らない。 (4) テレビは見ない。 である。 こういう特集を一生懸命読む人は、「しないこと」

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    kennak
    kennak 2008/02/13
  • こんな不思議なことがあるんだ・・・・・ - My Life Between Silicon Valley and Japan

    から帰国する飛行機の中で読んだ「将棋世界」2月号は充実の内容であった(片上五段のブログによると3月号も充実とのこと、楽しみ)。 しかし驚いたのが、55歳という若さで先ごろ逝去された真部八段(逝去後に贈九段)の絶局を巡る不思議な物語である。 この「将棋世界」2月号は、真部追悼特集になっており、多くの棋士が亡き真部を惜しみ、良い文章を寄せているが、いくつかの文章の内容を紐解いていくと、じつに不思議な物語が浮かびあがってくるのだ。 棋譜をあえて使わずに、この不思議な物語を追いかけてみたい。 話は、絶局となった昨年10月30日のC級2組順位戦に遡る。真部は最年少棋士の豊島四段(1990年生まれ)と対戦。午前11時58分。わずか33手。まだ戦いが始まる前に投了してしまった。あまりに体調が悪かったため、自分の手番で負けを宣言したのである。そして真部はそのまま入院し、11月24日、還らぬ人となった。

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    kennak
    kennak 2008/02/07
    うへぁ ぐっと来た
  • My Life Between Silicon Valley and Japan - 平野啓一郎さんの「巧みに生きるか、善く生きるか」を巡って

    平野さんの公式ブログの最新エントリー「巧みに生きるか、善く生きるか、……」(是非全文読んで考えてみてほしい) http://d.hatena.ne.jp/keiichirohirano/20070121 を巡って思ったことをちょっと書いてみる。 『ウェブ人間論』の対談をしていた時にも考えていたことですが、人間は、自分の属している社会のシステムと否応なくつきあいながらどうにかこうにか生きているわけですが、そこで、「巧みに、うまく」生きているだけでは、結局のところ、満たされないんじゃないかという気がします。それは直接には、僕自身を振り返ってみてのことですね。 巧みに生きる、ということについて言えば、梅田さんがいみじくも「サバイヴする」という言葉で表現したように、今の社会は、ノンキに関わって生きていこうとするためには、複雑になりすぎているんだと思います。ITに関してもそうだし、経済にしてもそう。

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  • 2007-10-18 - My Life Between Silicon Valley and Japan なんでこんなにgoogle強いんだ

    今日ウォールストリートが閉じてからグーグルの四半期決算が発表されたけど、しかし、なんでこんなに強いんだろう。 Google said its net income jumped nearly 46 percent in the third quarter, topping analysts’ already bullish forecasts. Profit rose to $1.07 billion from $733.3 million a year earlier, while sales rose 57 percent to $4.23 billion. 社員採用のペースも落とさずで、とうとう15,000人を超えたか。 When Google reported second quarter results in July, its expenses were higher than

    2007-10-18 - My Life Between Silicon Valley and Japan なんでこんなにgoogle強いんだ
    kennak
    kennak 2007/10/19
    MAで儲かってるのかな・・・? Webだけでこんなにいくはずない
  • 充たされざる者(カズオ・イシグロ著) - My Life Between Silicon Valley and Japan

    文庫版で939ページにわたる大長編。この夏、いちばん時間をかけただった。読み進めるにつれフィジカルに身体の具合が悪くなっていき(少なくとも僕にとっては、そういうおそろしい力を持っただった)、しばし中断してはまた読むというふうにして、最後まで読み通すのに一ヶ月近くかかった。 カズオ・イシグロが「日の名残り」でベストセラー作家になったあと、これまでは世に出るためにリアリズム小説を書いてきたが、当に書きたいものを書く権利ができたからにはこれを書くと言い、五年がかりで仕上げた大長編である。リアリズムの小説家とは二度と呼ばれたくない、これが最高の自信作だと著者自ら自負するが、発売後の評価は二分されたという。原題は「The Unconsoled」。翻訳書単行は既に絶版になっており、このたび文庫で復刊された。 充たされざる者 (ハヤカワepi文庫) 作者: カズオイシグロ,古賀林幸出版社/メーカ

    充たされざる者(カズオ・イシグロ著) - My Life Between Silicon Valley and Japan
    kennak
    kennak 2007/09/26
    おもしろそう
  • My Life Between Silicon Valley and Japan - サバイバルという言葉が嫌いなら使わないで話そうか

    Rich Chen(ex-GoogleHatena Inc.取締役)と「はてなの経営」について話をしていると、彼の「グローバルな発想」からいつも新鮮な刺激を受け、学ぶことが大きい。それは彼がアメリカ人だからではなく「英語圏のネット世界」に「住むように暮らしてきた」からである。日人と日語圏とネット上の日語圏ってほとんど一致しているから、ネットを日常的に使うことで「世界」とか「グローバル」を実感するってことはほとんどないと思うけど、「英語圏のネット」って当に「世界」「グローバル」への広がりを実感できる。 「はてなが仮にスケールアップできるようになったとき、エンジニアをこれからどこで採用したらいいのか」という議論でも、Richは「リトアニアかハンガリーがいいんじゃん」とか、いきなり自然体で言う。しっかりした教育を受けた優秀でやる気のある若者たちが世界中でどんどん量産され(だって皆、寸暇

    My Life Between Silicon Valley and Japan - サバイバルという言葉が嫌いなら使わないで話そうか
    kennak
    kennak 2007/06/19
    高密度かしてピラミッドの頂点へ向かう日本のネットに対してグローバルな世界のネット(アメリカ=世界ではないけれど) 対リソースは圧倒的に不利
  • サバイバルのための人体実験を公開すること - My Life Between Silicon Valley and Japan

    ネットイナゴ問題については、はてなブックマーク開発者id:naoyaのダイアリーを基点に皆さんと一緒に考えていくことになります。僕もときどき参加します。 さて、僕が何かを書くと「ポジティブだ」という意見を述べる人がいる。誰が何をどう読みどう思おうと自由だが、そんな低レベルなところで思考停止してもらいたくないなぁと正直には思っている。 「ウェブ進化論」の中で、 大きな環境変化が起きたときに、真っ先に自分が変化しなければ淘汰される というのが「シリコンバレーの掟」だと書いた。また「ウェブ人間論」の中で、自分の生き方について、 「社会変化とは否応もなく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で、個はいかにサバイバルするか」を最優先に考える と書いた。第三者的な立場で世の中を分析してある世界が全体としてこうなっていますよ、こうすべきですよ、ということを書く人は僕以外にもたくさんいるので、そこはもうやる

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    kennak
    kennak 2007/06/16
  • 最近つくづく思うこと - My Life Between Silicon Valley and Japan

    たとえば小林秀雄や司馬遼太郎といった故人の作品を読み返すとき、彼らはネット上に溢れる無数の読者の「作品に対する感想や批判(ときには罵倒)」を読む機会を得なかったんだなあと思い、現代に生きる幸福を痛感する。 ネットは社会全体を相手にするのだから、ある意見に対する賛否両論は当然だし、誤解も生じるし、ときに批判は激しい。でもそんなこと以上に、嬉しくわくわくすることがある。それは、自分が書いたことが(たとえたった一人であれ)見ず知らずの人の、あるいは身近な意外な人の、心を動かすことだ。そしてそのことが直接わかることである。そんな素晴らしい経験の可能性が、いま誰にも開かれようとしている。 結局「モノを書く」ということは、それを読んだ人の心に何が生じたのかということにその意義は尽きるのであって、書いた人と読んだ人とが直接リンクを持ち得ることの意義は何をも上回る。批判からもたくさんのことを学ぶことができ

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  • 思い出の場所を訪ね歩いて思ったこと - My Life Between Silicon Valley and Japan

    1997年5月1日に独立してシリコンバレーで会社(MUSE)を作った。明後日でとうとう10年になる。 いい記念なので、この週末は土曜と日曜に分けて、アメリカにやってきて過ごした思い出の場所を、と二人で訪ね歩くことにした。 初めて一年間アメリカに住んだのは15年前のことで、その頃は会社勤めをしていた。サンフランシスコの住宅街のアパートに住み、毎日「1番線」というバスで通勤していた。昨日は、会社があったダウンタウンに車を置いて、あとは当時と同じようにバスでアパートと会社を往復してみたり、アパート周辺でよく散歩した通りを歩いたり、友人が来ると行っていた中華街の飲茶の店で事をしたりした。街の隅々まで眺めては、変わったもの変わらないものは何かなどを考えながら歩いた。 今日は、12年半前にシリコンバレーに格的に引っ越してきてまず住んだ借家、当時勤めていた会社のオフィスがあったパロアルト・ダウンタ

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    kennak 2007/05/01
    仕事と思い出
  • 悲観主義とオプティミズム - My Life Between Silicon Valley and Japan

    一週間東京に行って帰国したところ。これからしばらく寝たり起きたりで、消耗しきった身体に体力が戻るのを待とう。今年二回目の東京だったが、こちらに戻ってくるとすべてのモードが全く変わって、ブログを書く力もようやく沸いてくる。 ある日、東京で気のおけない親しい友人たちとオプティミズムの話になった。「ウェブ進化論」のオプティミズムを誤解する人が多いね、という話がよく出るが、その日もそんな話になった。オプティミズムとは、生来人間は素晴らしいものなんだから「世の中、ほっておいても何とかなるさ」みたいな呑気でいい加減な考え方とは全く違うものだ。オプティミズムの質を全く理解せぬまま、オプティミズムはけしからんと言う人が多いね、というのは僕もよく思う。 ところで別の友人との集まりで、話がなぜかそちらのほうに流れ、アランの「定義集」の話になった。僕が敬愛してやまない森有正(ぼろぼろになるまで読んだ四冊の)

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    kennak 2007/03/01
    人間とは意思を持つ葦
  • 毎日新聞夕刊「ダブルクリック」欄・第十一回「長期休暇」 - My Life Between Silicon Valley and Japan

    毎日新聞火曜日夕刊コラム欄の第十一回です。テーマは「サバティカル」。じつは今発売中の「フォーサイト最新号」に、「知的生産のプロとしての「サバティカルの決意」」という文章を書き、かなり詳しく僕の決心について書いています。この短いコラムは、その文章と対になったものですが、「フォーサイト」の文章は一ヵ月後にネットに転載されたときにご紹介します。 年の瀬に決めたことがひとつある。五年以内に一年間の「サバティカル」 (研究のための長期休暇) を絶対にとるぞ。そう決心したのである。 僕は基的に自営なので、サバティカルは決意の問題である。ここしばらく激しく働いてきたから、一年くらい仕事をしなくても生活する余裕はあるので、その期間の仕事をすべて断ればいいだけなのである。でもかえってそれが難しい。欧米の大学や研究所のサバティカル制度と違い、戻ってきてすぐ元の仕事に戻れる保証がないからだ。 いま僕は、経営コ

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    kennak 2006/12/20
    快刀乱麻 はえー切り替えし
  • 毎日新聞夕刊「ダブルクリック」欄・第六回「新しい職業」 - My Life Between Silicon Valley and Japan

    毎日新聞火曜日夕刊コラム欄の第六回です。 最近「新しい職業」ということをよく考える。 僕は十八年前に、当時はまだ社会的に広く認知されていなかった「経営コンサルタント」という「新しい職業」につき、十二年前に、当時はまだ世界中の人々があまり関心を示していなかった「シリコンバレー」という「新しい場所」に移住した。 九年半前に独立して、経営者へのアドバイスを専門とするコンサルティング会社をシリコンバレーで作り、六年前に「ベンチャーキャピタル」を創設した。そして二年前に、日に新しく生まれた文化とも言うべき「ネット・ベンチャー」の経営に参画し、今はそれらの「新しい職業」を掛け持ちしながら、「ネット空間」という「新しい場所」に住むように暮らしている。 僕が歩んできた「新しい職業」の周囲では、間違いなく日々「新しい知」が生まれ、その知は輝いていた。仕事環境には若さが溢れ自由があり楽しかった。しかし「昔か

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  • My Life Between Silicon Valley and Japan:ハルキ・ムラカミと言葉の音楽

    ジェイ・ルービンの「ハルキ・ムラカミと言葉の音楽」が面白かった。 村上春樹は長い海外生活のあいだ、米国の大学で自著に関する講演や質疑をかなりこなし、海外のジャーナリストからの取材もけっこう受けていて、そういう英語をソースとする内容がいろいろと盛り込まれて新鮮だったこと。きわめて網羅的研究書でありながら(514もの注がつくアメリカの学者のらしい)、全編が作品に対する愛情であふれていること。日だとあんまり出てこない陽子夫人についての言及がかなり多いこと。「春樹と陽子は・・・」みたいに。村上春樹の小説の翻訳者である著者(ジェイ・ルービン)との間の私信やインタビューも情報ソースになっていること。各章の初めに、村上春樹の時代時代での著作が、どういう場所でどういう状況下で書かれたかが丁寧に書かれていること。この自体の翻訳が読みやすいこと。 ハルキ・ムラカミと言葉の音楽 作者: ジェイ・ルー

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    kennak
    kennak 2006/11/06
    確信
  • 俺たちはグーグルだ、訴えてみろ - My Life Between Silicon Valley and Japan

    New York Timesの「We’re Google. So Sue Us.」(俺たちはグーグルだ、訴えてみろ)という記事がけっこう面白い。あと数日は、NYTサイトで無償で読めるはず。 http://www.nytimes.com/2006/10/23/technology/23google.html?ref=technology グーグルが中途半端な決心で「地球上の情報を整理し尽くす」と言っているのではないことは、いろいろなところでくどいほどに書き続けてきた。YouTube買収で訴訟リスクが云々という評論もあるが、グーグルはそんなことは百も承知の上でYouTubeを買収した。グーグルは「情報の世界」をゼロから作り直そうとしているのであるから、既存の社会の枠組みに触れて軋轢を起こすに決まっている。もうすでにさまざまな訴訟を受けて立っている。 A group of authors and

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    kennak
    kennak 2006/10/24
    インターネット政府
  • My Life Between Silicon Valley and Japan - UCバークレイの授業が無料でGoogle Videoに!!!

    僕はこういうニュースを読むと無性に嬉しくなってしまうんだよなぁ。 「Go to UC for free, on Google Video BERKELEY CAMPUS SHARES 100 INTRODUCTORY COURSES」 http://www.siliconvalley.com/mld/siliconvalley/15629527.htm Google Videoのここ http://video.google.com/ucberkeley.html へ行ってみるといい。UCバークレイの授業やセミナーの動画に無料でアクセスできる。もっともっと増えてくればさらに素晴らしい。今でもたとえば、 http://video.google.com/videoplay?docid=7137075178977335350&q=owner%3Aucberkeley+is141 にいくと、グーグル

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  • My Life Between Silicon Valley and Japan - 10年連続10万行の男

    友人の石黒邦宏と久しぶりに会った。四年前に http://book.shinchosha.co.jp/foresight/main/data/frst200211/fst.html という彼についての文章を書いて以来、数ヶ月に一度は話していたのだが、僕も彼も今年は忙しくて、昨日は半年ぶりに彼とランチ・ミーティングをした。彼と会うと元気が出てくる。 「この間数えてみたら、10年連続10万行、プログラムを書いていたことになるんですよ。あと何年くらい続けられるかなぁ」 前回会ったときに印象に残った彼の言葉がこれだった。同席していた若いハッカーが「年に10万行って一日平均250から300行か。土日もなしで毎日書いて・・・」 とけっこう驚いていた。ところで石黒の自信というのは凄いものがある。JTPAツアーで日の学生たちに講演してもらったときも「オレが教えてやるんだって気持ちで、僕はシリコンバレーに

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    kennak
    kennak 2006/10/02
    最近家でプログラム書かなくなってきたなぁ・・・
  • Web 2.0=発酵食品説 - My Life Between Silicon Valley and Japan

    Blogを読んでいると、ときどき凄いなぁと思う文章にめぐり合う。 「圏外からのひとこと」の「WEB2.0サイト = 発酵品説」 http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20051124#p02 を是非読んでみてほしい。Web 2.0という潮流を、企業戦略という観点から眺めたときの難しさ(旧勢力にとっても新勢力にとっても)を、実にうまく言い表している。 ソフトウエアには、移植以外にもさまざまな活用、展開の可能性があるが、可能なことは全て待っているだけで、自動的に起こる。WEB2.0的世界というのはそういう世界だ。囲いこまれた情報、差異によって金銭的な価値を生む情報を正常とみなすならば、WEB2.0的世界では、全ての情報が急速に腐ると言ってもいいだろう。 「囲い込まれた情報が金銭的な価値を生む」ということ自身がいずれ「幻想」になるかもしれないと頭ではわかっても、

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  • My Life Between Silicon Valley and Japan - Web 2.0、概念、経営的感覚

    よしだ日記「Web2.0を必要とする人」 http://d.hatena.ne.jp/yoshida65536/20051028#p2 は、昨日の「激しく動く米ネット世界、でも日は・・・・」の中で何の気なしに書いた「「Web 2.0」つまりネットの次世代ビジョン仮説に関する理論武装」という言葉への反応で面白かった。 以前ヨタった時に、つらつらと文章を書きながらも「Web2.0を誰が必要とするのか?」と思っていたのだ。 具体的な技術ではない、概念的な存在であるWeb2.0という呼び名は、サービスを利用する立場のユーザーには必要ないだろうし、実際に個々のサービスを実装する立場にある技術者にもそれほど必要ないのではないか。この考え自体は今でもそれほど変わらない。もちろん知っているにこしたことはないだろう。けれどもユーザーが選択を行う際に重要なのは、そのサービスが自分にとって必要なのか、便利なの

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