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ブックマーク / tonmanaangler.hatenablog.com (29)

  • 「大東亜戦争」という表現はいつから「失言」になったのか?(補足 その2) - 国家鮟鱇

    ⇒第098回国会 決算委員会 第6号 昭和五十八年五月十九日(木曜日) ○三浦(久)委員 なかなかそこをはっきりおっしゃられないようですけれども、そのくらいのことはお答えになって当然だと私は思うのです。多大の迷惑をかけた、しかしそれは正義の闘争であった、そういうふうにお考えなんですか。私は、総理の腹は、いままでの一連の答弁を見るとそうではないと思うので、いま念を押して聞いているのですが、お答えになられないようですので、次に進ませていただきたいと思います。 よく大東亜戦争という言葉を使いますね。総理も、総理大臣になる前はあちらこちらでよく大東亜戦争という言葉を言っておられた。総理になってからは、大東亜戦争とは言わないで、第二次世界大戦であるとか太平洋戦争であるとか、そういうような用語をお使いになっていらっしゃると思います。 この大東亜戦争という用語が出てきたのは、昭和十六年の十二月八日に当時

    「大東亜戦争」という表現はいつから「失言」になったのか?(補足 その2) - 国家鮟鱇
    keya1984
    keya1984 2008/10/03
    『「大東亜戦争」という表現はいつから「失言」になったのか?(補足 その2)』
  • 2008-10-01

    ⇒asahi.com:麻生首相、「大東亜戦争」と表現 戦争観問われ - 政治 「大東亜戦争」は当時の政府が決めた正式呼称だが、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が公文書での使用を禁止。教科書では「太平洋戦争」「第2次世界大戦」の呼び名が一般的になっている。 教科書的に言えばそうなるのかもしれない。だが現実はどうだったのか? 「単一民族」と同様に ⇒国会会議録検索システム で「大東亜戦争」を検索。検索件数1193件。会議に絞ると153件。 これを見ると、ある時期を境にして「大東亜戦争」という表現が問題視され始めたことがわかる。 ある時期とは、昭和57年12月。 昭和57年12月09日 不破哲三(共産) 大東亜戦争という名称自体、戦犯東條内閣が真珠湾攻撃の四日後に、日を盟主とする大東亜新秩序建設を目的とする戦争という意味で命名したものであります。 昭和57年12月10日 下田京子(共産) あ

    2008-10-01
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    keya1984 2008/10/01
    『「大東亜戦争」という表現はいつから「失言」になったのか?』
  • 天長節(2) - 国家鮟鱇

    ⇒日経春秋 春秋(11/3) ▼有三の意見はこうだ。「公布した日こそ新憲法ができた日だ。公布しなければ施行できないのだから」。一方、衆議院が選んだのは施行日の5月3日。有三の言い分を認めると、明治天皇誕生日を祝う旧憲法下の明治節が新生日を象徴する祝日になってしまうことが話をややこしくした。 これだけ読むと、よくわからない部分がある。明治節の11月3日が憲法公布日になったのは偶然なのか否か。 ⇒文化の日(ウィキペディア) 戦前から文化の日の制定までは、明治天皇の誕生日であることから明治節(明治時代には天長節)という祝日になっていたが、これとは関係なく定められたということになっている。 というわけで、公式には関係ないとされているらしい。だが、 ⇒山陰中央新報 - 憲法と特異日 なぜこの日が公布日になったのか、人間ドラマがあった▼以下は「新憲法の誕生」(古関彰一著)による。吉田茂首相は当初、施

    天長節(2) - 国家鮟鱇
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    keya1984 2007/11/30
    「憲法記念日」を何月何日にするかの経緯あれこれ
  • 天長節 - 国家鮟鱇

    ⇒日経春秋 春秋(11/3) - finalventの日記 へぇ。そうなんだ。というか「文化の日」って「天長節」だったんだ。初めて知った。いや、初めてってことはないか。何回聞いても速攻で忘れちゃったんだろう。関心なかったから。だけど、今回は印象に残った。もう忘れない。 なぜかっていうと、この前、「ラムセス2世の神殿」って記事で、ラムセス2世の誕生日と即位の日にアブ・シンベル神殿の奥まで太陽の光が届くってことについて書いたんだけど、その時、ついでに日の誕生日の風習についても調べていたから。 ⇒日 誕生日 習慣 - Google 検索 を見れば、「日には誕生日を祝う習慣はなかった」「明治になってキリスト教文化が入ってきてから」「元旦が誕生日」「一歳の誕生日だけを祝った」みたいなのがいっぱいある。 何年か前のことだけど、歴史掲示板で何度か話題になったことがあって、その時も日では一般に行

    天長節 - 国家鮟鱇
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    keya1984 2007/11/30
    「日本人はもともと誕生日をいわわなかった」説に対する異論あれこれ
  • 帰宅時の手洗い - 国家鮟鱇

    ⇒ウイルスの感染予防、薬より手洗いなどが効果的=研究 | エキサイトニュース [香港 28日 ロイター] インフルエンザや新型肺炎(SARS)などの呼吸器系ウイルスの感染を予防するには、薬よりも手洗いやマスクの着用といった物理的な方法が効果的との可能性を示す研究結果が明らかになった。 この記事を読んで、ふと思い出したのが、帰宅時の手洗いを日人は当たり前のように思っているけれど、世界的に見れば特殊だ云々という話。どこで見たか忘れてしまったので検索したら、 ⇒講義「なぜ帰宅後すぐ手を洗うのか−文化人類学の効用」 という記事がヒットした。誰が書いているのかと見てみれば小田亮氏だった。はてなダイアラーですね。というかブログの方でこの記事をブクマしていた。 ⇒小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」 - なぜ帰宅後にすぐ手を洗うのか しかし、この習慣は、ヨーロッパやアメリカアフリカなど

    帰宅時の手洗い - 国家鮟鱇
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    keya1984 2007/11/30
    外のケガレを内に持ち込まずに水で清める…みたいな感覚が根にあるのだろうか???
  • アクセスアップ目的でネットイナゴについて何か書こうかと思ったけど - 国家鮟鱇

    既に一年前に書いていた。 ネットイナゴ(その1) ネットイナゴ(2) ネットイナゴ(3)

    アクセスアップ目的でネットイナゴについて何か書こうかと思ったけど - 国家鮟鱇
  • 赤ちゃんポストと地方自治 - 国家鮟鱇

    個人的には「赤ちゃんポスト」の問題に関心があまりない。 ただ、安倍首相やその他政治家が「赤ちゃんポスト」に否定的な見解を表明していることに対する反応の一部に違和感がある。 もちろん、賛成派から見れば、否定的見解を発する人は意見の異なる人であり、その異なる意見を批判すること自体がおかしいということではない。違和感があるのは、中央の政治家と地方自治体とが対立するのはけしからんと言っているかのような意見がままあること。言っている人が自覚しているのかはわからないが、そう見えてしまうものがあること。 ここで「赤ちゃんポスト」についての簡単な経緯。熊市の慈恵病院が昨年12月に「赤ちゃんポスト」の設置を熊市に申請。厚生労働省が2月に設置容認。4月5日に熊市が認可。5月10日から運用開始。厚生労働省が容認した理由は「明らかに違法とは言い切れない」から。 「小さな政府」を支持する俺の目から見れば、極

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  • 米国務省の人権報告書 - 国家鮟鱇

    知識のない俺は従軍慰安婦論争に参加する資格はないなというのが、各所で起こっている議論での「濃い」中身を見ての結論で、それで今までも、そしてこれからも、この話題は基的に取り上げないつもり。ただ、あまり触れられていないんじゃないかと思うことを書いておく。 朝日新聞は4月29日付社説「日米首脳会談―謝る相手が違わないか」で 慰安婦は、単なる歴史的事実の問題ではない。国際社会では、女性の尊厳をめぐる人権問題であり、日がその過去にどう向き合うかという現代の課題と考えられているのである。 と書いた。「国際社会」はよくわからないが、「アメリカ」ではまったくそのとおりだと思う。アメリカ人が人権問題について、どういうことに関心を持っているのかは、米国務省の人権報告書を見ればおおよそ把握できる。日についての報告は日語訳で読める。 ⇒2004年国別人権報告書 − 日 ⇒2005年国別人権報告書(抜粋)

    米国務省の人権報告書 - 国家鮟鱇
    keya1984
    keya1984 2007/05/04
    慰安婦問題を過去の歴史認識問題とだけ捉えている日本人は多いが、米国では現在に続く人権問題として捉えている。
  • 日本のカミ(かなりネタ含む) - 国家鮟鱇

    上の記事のタイトルは最初「日のカミ」にするつもりだったんだけど、横道にそれて聖徳太子について書いたので変更した。今日書こうとしていたのはそれではなくて、日の神について。神というのは自然のことであり、自然の力から受ける害を避け、利益を得ようとして、人は神を祀った。怨霊についても同じ。 怨霊というものが人に災いをもたらすものなら、鎮魂するのではなく、怨霊の存在そのものを消し去ればよい。祭祀するにはコストがかかるのだから、そのほうが経済的だ。なぜそうしなかったのか?理由のひとつは上手くやれば利益が出るからだと思う。だけど、それ以前に、そもそも消去不可能であるからであろう。 と思うんだけど、実はそこのところが俺には良くわからない。神が自然のことだとすれば、たとえば、沼の神様は沼が埋め立てられたらどうなるんだろうとか、動物の神様はその動物が絶滅したらどうなるんだろうとか考えると、もしかして神も消

    日本のカミ(かなりネタ含む) - 国家鮟鱇
  • 2007-05-01

    なにをもって右と左を区別するかは、いろんな考え方があるだろうけれど、日の左翼が衰退しているという時の「左翼」というのは何を指しているのか。 左翼を社民党や共産党を支持する勢力とするならば、それは今になって支持されなくなったわけじゃなくて、昔から支持されていない。共産党はずっと少数政党だった。社会党は野党第一党だったけど、今の社民党は社会党の後進とはいえ、旧社会党の一部が残ったというべきで、他は民主党に流れてしまった。ソ連崩壊の影響でさらに支持が減ったという側面もあるけど、それ以前から少数派。 そうではなくて、フランス議会での右側の席を占めたのが右翼、左側の席を占めたのが左翼という用法でいけば、右翼は自民党支持層で左翼は民主党支持層ということになるだろう。あるいは民主党には自民党より右の人がいるってことを考慮すれば、「自民右派・民主右派」が右翼、「自民左派・民主左派」が左翼と分けることもで

    2007-05-01
  • 「左翼」が支持されない理由を知って何をしたいのか? - 国家鮟鱇

    はてなの「最近の人気エントリー」を見るとPC・ネット関連の記事が多いが、俺は興味がない。一方、俺の趣味である歴史関係の記事が人気エントリーになることは滅多にない。人気エントリーになるためには、マイナーな話題を書くよりも、ネット利用者の多くが興味を持っていることを取り上げたほうが有利だろう。しかし、人が興味もないのにそんなことをすることに何か意味があるだろうか。 同じく、「左翼」が支持されないからといって、人が重要だと思っていることを棚に上げて、大衆が関心を持っていることを主張することに意味があるのだろうか? 意味があるかないかは、目的が何かによるだろう。支持を得たいのならば、多少妥協してでも大衆受けする主張をすれば良い。あくまで信念を貫きたいのなら、そうすれば良いが、同時に支持を得られるのは、自分の考え方と大衆の考え方が一致した場合だけだ。 基的にはそういうことでしょう。 もちろんマ

    「左翼」が支持されない理由を知って何をしたいのか? - 国家鮟鱇
  • 忠臣信長 - 国家鮟鱇

    桶狭間の一戦に英雄たる質を現し、長篠の戦いと安土の築城に新時代開発の武将たることを示し、そして将軍義昭を追放して足利幕府を否定し、朝廷をうやまってその重臣たることを名誉とし、天皇を奉じて天下を統一しようとした信長は、天下布武の志いまだその半ばにして、わずかの油断のために倒されてしまったのでした。 物語日史(下) 平泉澄 講談社学術文庫 NHKの大河ドラマ『巧名が辻』。昨日は能寺の変前夜。大河ドラマを半年も見続けるのは久しぶり。まあ、仲間由紀恵が目当てなんだけど… 信長は朝廷をないがしろにし、天皇を不要な存在とみなし、自ら神になろうとしていた。これがよく見る信長像。 ところが以前はそうではなかった。信長は朝廷を尊崇し、皇威の復活に尽した大忠臣。今とは正反対。 戦前の皇国史観を否定した戦後の歴史観は、信長像を一変させた。信長は非科学的な宗教を否定した合理主義者となる。 さらに、それはエス

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  • 信長と天皇 - 国家鮟鱇

    昨日の続き。 「朝まで生テレビ」で田原総一郎が、小泉首相の「あの人」発言について語ったとき、出演者が「信長」とか言って、それで田原氏が、「そう信長」みたいなこと言ってなかったっけ?昨日書いたように、半分寝ながら見てたんで自信ないけど。まあ、そういう会話があったということで話を進める。 前に書いたんだけど、かつて織田信長は「勤皇家」とされていた。 http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20060605/1149507928 いわゆる皇国史観というやつ。正確に言えば、皇国史観の学者だけが唱えていたわけじゃないけれど、江戸徳川政権を否定するのに、前時代である、織田・豊臣を持ち上げるとか、いろいろな要因があって受け入れられたのだろう。 ところで、徳川将軍が実際に天皇を軽く見ていたかというと、そういうわけでもない。将軍は天皇から任命されるのだし、「尊王論」は幕末に広

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  • 「信長燃ゆ」 - 国家鮟鱇

    ⇒文芸評論家・加藤弘一の書評ブログ�:�『信長燃ゆ』 安部龍太郎 (新潮文庫) 安部龍太郎氏の『信長燃ゆ』が単行で発売されたのが2001年。俺がネットを始めたのも2001年頃。その動機は日史関係の情報収集であったので、いろいろな掲示板を覗いてみると、この小説、あるいは元ネタである立花京子氏の説を巡っての論議が盛んに行われていた。 この時点での俺はただの歴史好きで、まるっきりの素人であり、近衛前久って誰?ってレベルであったので当初は見てるだけ。濃い論議を眺めているだけで、何の予備知識も持たない俺にとっては大変ためになった。論議に参加している人の知識の豊富さには当に感服させられた。また歴史作家や研究者の言っていることを鵜呑みにしないで、自分で原史料を調べることの大切さも教わった。 というわけで、まずは基礎知識を身につけなければならないということで、ネットで調べたり、図書館で関係書籍・史料

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  • 地域ごとに多様な日本人 - 国家鮟鱇

    「2006-06-02」の続き。 ② 地域ごとに日人は多様である。例えば、西日・東日文化の違いというのがある。あるいは、関西人・関東人・東北人・九州人というように細かく分けることもできるし、もっと細かく分けることもできるだろう。 この考え方をする人は結構多い。 で、ナショナリズムを否定する時にこれを持ち出す人がいる。ところがこれは、よく考えてみればナショナリズムを分割したに過ぎないのでないだろうか?例えば、日を東と西に分割したとして、中心は東京と大阪になるだろうけど、東日に住んでいて、東京の文化になじまない人間はいくらでもいるだろうし、西日も同様。それじゃあってんで、都道府県ごとに分割したとしても疎外感を持つ人はいるだろう。どうしたって中心が存在し、周縁は不満を持つ。 しかも、これは土地を基礎とした考え方だ。先祖代々その土地に住む人は、自らのアイデンティティをその地域に求める

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  • 朝日新聞は戦前と変わっていないのか? - 国家鮟鱇

    「朝日新聞に何が起きているのか?(パート3)」の補足。 勝谷誠彦氏によると、朝日新聞が何よりも大切にしているのは、ポリシーではなくて部数であって、戦前は「一億総火の玉」で、戦後は左傾化。で、今は世論の動向を見て「右旋回」しているらしい。つまり見た目は変わっても、戦前・戦後一貫して大衆迎合主義だということだろう。 しかし、俺は別の意味で、朝日は一貫していると思う。朝日は一貫して「グローバリズム」なのではなかろうか?「グローバリズム」という用語が適切かどうかは、不安だけど、何て言えばいいのか無教養なのでわからない。何と言うか、「人類皆兄弟」というか、「世界は一つ」というか、「世界市民」というか、「国境のない世界」というか、そんな感じ。 (これは「いいこと」のように見えるかもしれないけど、一方、自分が良いと思うことは他人にとっても良いことだという考えを生みやすい。) そういう理想社会の第一歩とし

    朝日新聞は戦前と変わっていないのか? - 国家鮟鱇
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    keya1984 2007/04/23
    「天下を一統して泰平の世を築かんと欲す」かな。
  • 2006-07-13

    「商人」が「商(殷)の人」という話を、俺は中国の古典にそう書いてあるのだろうと思ったということを上に書いた。もう少し詳しく言えば、それが事実か事実でないかといえば、おそらく事実ではないだろうが、そういう伝承があったのだろうと考えたということ。だが、それが実は勘違いで、日人が近代以降になってから主張したらしい。 とんだ勘違いだけど、似たような話は他にもある。 例えば青森県新郷村の「キリストの墓」。これを物だと考える人は滅多にいないだろう。物ではないけれども、「隠れキリシタン」によって江戸時代から現地で伝えられてきた話ではないかと考える人がいる。事実は昭和になってから外部の者が唱えた説である。 単に「キリストの墓は物ではない」と説明されるだけだと、近代以降に出現した説なのか、古くからある伝承なのか、それだけでは判断できない。従ってこういう勘違いをしてしまう。古くからある民間伝承ならば、

    2006-07-13
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    keya1984 2007/04/23
    後世に語られた由来譚が巷間に広まると…
  • リベラルの攻撃性 - 国家鮟鱇

    ⇒■相対主義と気遣い −ARIAから見るリベラルの形成−(ロリコンファル) 正直アニメの話は全くわからないんだけど、 なんでリベラルを名乗る人達が常にこうむやみやたらに攻撃的なことが多いのか正直よく分からない というのは、俺も前々から持っている疑問。 典型的なのが先日のNHKでの討論番組での、話し合いが大切といいながら、相手の話を聞かない。話の邪魔をする人(リベラルと呼べるのかわからないけど)。外部から見れば奇妙な行動に見えるけど、これを単に批判してもしょうがない。彼、彼女の中ではそれで矛盾していないのだろう。なぜそうなるのかを考えるべき。 で、結論から言えば、やはりそこには「絶対的」なものがあって、そこから外れるものは認めない(というか見えない)のだろうと思う。 彼らの言う「話し合い」とは、彼らの許容範囲内での「話し合い」であって、それ以外のものは「意見」ではないのであろう。「意見ではな

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  • 日本は社会主義国? - 国家鮟鱇

    ⇒「日は社会主義国」でどこが悪い(切込隊長BLOG) この疑問については、俺は前に書いている。 ⇒ウヨクはシミンのなれの果てなのか? 戦後日は「保守」政党が政権を握っていた。「保守」が革新である社会主義的手法を取り入れたというべきである。社会主義のイデオロギーを受け入れたわけではない。道具としての手法を取り入れただけだ。「保守」は保守のために役立つのなら、何でも受け入れる。役に立たなくなったと思えば未練はない。別の道具を手に入れるだけだ。 「革新」はそうはいかない。絶対的な理念があり、そこから具体的な方法が考え出される。従って、それがうまくいかないからといって軽々と変更することはできない。下手をすれば彼らの信奉するイデオロギーが崩壊してしまうからだ。そこで悪いのはイデオロギーではなく、それを運用する人間に問題があるのだということになり、粛清なんてことが行なわれたりすることもある。今でも

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  • タイの民主主義 - 国家鮟鱇

    ⇒タイ王国の憲法(uumin3の日記) で紹介されていた、 ⇒タイ王國憲法(サワッディータイランド) その前文が非常に興味深い。 今までのすべての憲法と臨時国会統治憲章とは国王が国会を通じて立法権を、内閣を通じて行政権を裁判所を通じて 司法権を行使するという国王を元首とする民主主義体制の統治を堅持したことでは同一であった。 歴代憲法間の重要な相違点はその時々の変化する国家状況に適合さすために、国会の地位、および立法権と行政権との関係が変わったにすぎない。 これらは国王を元首とする民主主義体制の統治へのタイ国民の信望を示している。またこれはタイ国民に国家統治権を下腸したプラチャーテイポック国王の意向に合致するものである。 これは厳密な意味で「民主主義」と言えるのだろうか?言えるのかもしれないし、言えないのかもしれない。政治学に詳しくないからわからない。 表面的には「民主主義」と言えるだろうと

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