専門家が「政治的」「嘘つき」というレッテルを張られて批判される。こう言ってよければ、罵られる。 今やそんなに珍しい光景でもないですね。むしろしばしばあることです。 ちょっとはその分野の学問をかじった人間からすれば、腹も立ちます。苛立ちもします。そして少し悲しい。 でも、罵る人も、どこか苛立っていると思うんです。 僕には他の学問分野のことはよくわからないので、歴史学を事例に話をしましょう。 先に書いたような批判が発生するのは、≪批判者の求める結論と専門家の導き出した結論が異なっており、なおかつ後者がどういうプロセスを経て出てきたものなのかが批判者にはわからない≫といった場合がほとんどかと思います。 結論を導く手続きが正当なものかどうかを判定できないので、苛立ちの中で結論の食い違いは属人的な恣意性に由来するものと見なして批判するしかない。 この苛立ちは誰かがどこかで受けとめないといけない。 ど
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